謹賀新年2019

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

平成31年(2019年)元日

帰り道の1枚。今年4月で上京して10年になる。
夢が詰まった1本の木。花が咲き、実をつけ、それを収穫してきた。全てをうまくやろうと考え、実際うまくやってきた気がする。
Davyとしての露出がなくなってきた分、本名で露出する機会が出始めた。

fqt時代、言葉ばかりが先行し、ビックマウス、口だけ、机上の空論と思われていたようだ。
今はすっかり尖った部分が少なくなり、言葉を発する機会も相当減ったが、自分の正しさを身をもって証明できるようになっていった。
今発信すれば、その言葉にもっと説得力があるだろうが、その言葉はもう出てこない・・・。

新春早々にする話でもないが、どうやらもううまく人とコミュニケーションがとれる人間ではなくなったようだ。
いや、そもそも発信したいものが出てこない。そもそもエピソードが思い出せなくなっているのだ。
頭の回転は悪くなり、とっさの反応ができなくなっている。
仕事に関しては、事務的な話はできるのだが、仕事モードが切れると全く何も浮かんでこなくなる。

目標はない。だが、今年はそれを克服しなければならない。
もう一度、人と話をすることが楽しいと思えることができるように。
ご迷惑をお掛けすることも少なくないと思いますが、よろしくお願いいたします。

君は水平線を見たことがあるか

流行は日々変化していくものだ。

2000年代後半、芸能人がこぞって自分のブログを持つようなムーブメントがあった。当時私が書いていたものからすれば、それはとてもとても短く、ちょっとした写真と行間たっぷりの短い文章。時にはひとことで終わってしまう味気ないものばかり。中身よりも、充実感よりも、更新頻度が大事だったのだろう。私はそれに逆らうように、長編作品ばかり書いていた。

その後、Twitterブームが来た。140文字という限られたスペースで表現することを求められた。かと思えば、インスタグラムという写真だけで文字はおまけとなるようなSNSが流行しだした。動画も同じ。Youtubeでの長い映像よりも、VineやTiktokのような短い作品が好まれるようになっていった。

時代はすぐに答えを出すことを求め、濃さよりも手軽さが尊ばれるものとなった。

某有名衣料品店を覗いてもそうだ。ファストファッションなるその店の衣料品は、昔はダサいと言われたが質の良いものが多かった。お札1枚出せばシャツでも靴下でも手軽だが重宝するものが手に入り、10年経った今でも満足に着ることができる。ところが、昨今売られているものは生地が薄くなり、「極暖」と言われようがちっとも暖かくなく、数年で着れなくなってしまう。時代はよりインスタントなものを求めるようになったのだろうか。

だが、どんなに時代が変わろうが、変わらないものがある。それが、水平線だ。海の真ん中に出ると、空と海面の境界線に吸い込まれていきそうな世界が見える。

水平線が見える空間というのは、孤独であり、自由である。どんなに文明が発達しようとも、どんなに世間が答えを早く出すことを求めたとしても、水平線の前では人は平等だ。無力とすらいえる。狭い世界の中でマウンティングして勝ち誇った気になっていても、大きな海原のど真ん中では何も意味がない。どんなに絶望のどん底に突き落とされて、死に場所を探すために船を進めたとしても、大きな海原のど真ん中では死に様を見せることも感じることもできない。水平線の前に、人は皆平等なのだ。そして、この場所で全てがリセットされるのだ。

27歳の地図は描けなかった。いや、描く必要すらなかった。

昨年何かを決意した私は何一つ成長していなかった。自分の人生に鮮やかな色を塗ることばかりを求め、小さなパレットの中で人によく思われるための色を探していただけだった。もうパフォーマーとしてのDavyは終わったことにさえ気付かず。

今日で28歳になる。私は何も決意しない。情熱には意味がなく、冷めた視線も意味がない。ただ、あるがままに。あるべき姿を目指して。

私の周りの素敵な人に、さらに素敵な日常を共有していくために。

水平線の先に見える街は、きっと平凡だけれども心温まる街なのかもしれないね。


手に入れるべきは「欠落」

一芸を極めたいならば、ある種の「欠落」が必要である。

会社で周囲から優秀と崇められ、昼夜問わず働き出世街道に乗ることは素晴らしい。
しかしそのためには、家庭での生活、趣味に打ち込む時間、友人関係等々、犠牲になるべくしてなるものは計り知れない。

家事育児介護を完璧にこなし、配偶者、親、子供、親戚すべてに評価されている人がいたとしよう。
おそらく、彼(彼女)は職業人としてのキャリアや打ち込むべき芸術等とは程遠い生活を送っているだろう。

ライターも同じだ。物を書くというのは、自分の人生を削り出しそれを育んでいく営みのことなのだ。
仕事に打ち込んでいるうちは、誰かを驚嘆させる作品など書けやしない。そんなエネルギーがあれば、それを仕事に投じているはずだ。
家族との時間を大事にしているうちは、誰かの生き様に共感する作品など書けやしない。家族との会話はリアルそのものであり、ロマンや幻想などとは程遠い世界にいるからだ。

巷に溢れている本が、なぜ私の心を動かさないのか。
それは、作家自身が己の人生を削り出して創り上げた作品ではないからだ。
商業ベースに乗せられた書籍が、どうして私の心を奪うことができようか。

私は、自分の本名をこの世に残したいのではない。
私の作品は作者不詳で構わない。もちろん、私の友人知人に評価されようだとは思わない。

たまたま私の作品に触れあった誰かの「闇」に寄り添いたいのだ。あなたの孤独に付き合いたいのだ。
生き様を削り取り紡ぎだした作品は、祈りに似たものであって欲しい。救いであって欲しい。

今歩き出したこの道は、多くの「欠落」を原動力として走らなければならない。
今度の作品は尖ったものではなく、欠落している箇所が必要なのだ。
そうやって作品の中に生まれた欠落の結晶は、読者それぞれの解釈で埋めれば良いのだから。

今は真実を語るのはやめておこう。

12年経ちましたが?

あーあ。昨日書くはずだったのに。
昨日2/26で私がブログなるものを初めてから丸12年となった。13年目ですか。
長いね!いや、ここ何年かはほとんど中身はスカスカだけど。
スケスケスカスカ横須賀線って感じですな(笑)

訳のわからないことを言い始めたのも、先ほどまでfqtブログを整理していたから。
このサイト(DavyStyle.com)が壊れて復旧させていく中で、PHPのバージョンを最新版に上げたものだから、借りているサーバーに紐づいている他のサイトが見られなくなってしまった。そこで、サーバーからデータを抜く→新しく箱を作る→記事を入れるという作業をしていたというわけ。その過程で、わたくしのカレーなる高校生時代を振り返っておりましたが、随分と派手に動き回ったものですな。今とは違って上昇志向が強いし。それを「幼稚」だと一笑に付すのは簡単だが、輝かしい青春の1ページとして、はにかみながら大切にしておこうと思う。

そんなこんなで12年。随分とおじいさんになりました。
fqt時代からのファンの方、Davyになって知って頂いた方、Twitterを通して関わってくれた方など、色々いらっしゃると思うが、まず御礼を申し上げたい。
誰も読んでくれなかったら、寂しいからね。

ありがとう。そして、これからもよろしく。

今日は夢の話をしようと思う。

働き先の夢、結婚するという夢、家を建てるという夢、クルマを持つという夢、男女問わず最高の仲間に囲まれるという夢。
色んな夢を叶えてきました。
決してキレイなものとは言えないし、他人様に自慢などできるような輝かしいものではないが、自分では十分充実した人生を送れていると思っている。

つい最近、10年前に思い描いていた夢を思い出した。

”10年後には「二十七歳の地図」を描くんだ!”

10年前、17歳にして自費出版で本を作った。自分にとっての人生の教科書。自分なりの「十七歳の地図」だ。
それを、あの続きの話を描きたくなった。17歳の時に書いたものより、もっともっと濃い人生を送ってきたから、素敵なものが書けるんじゃないかと思っている。

ただ、ここで問題が。リアルな話を書けない!
イリーガルな、とまでは言わないが、結構危険な橋も渡ってきたし、一応一般のサラリーマンをやっている手前、書きたくてもリアルに描写できないものもある。
そもそもリアリティを追求し過ぎると一般読者に伝わらないこともある。

そこで、小説とまでは言わないまでも、事実をベースとしながらも若干ウソもつきながら、ストーリー仕立てにして書きたいなと思っている。
完全なるフィクションで、だが遠からず近くもない感じで書ければ、そこそこ面白い作品に仕上がると思うんだ。

「次の夢」ということで、妻に内緒で書いてみたい。
これが、今の夢です。

また達成しないかもしれないけど、とりあえずやれる範囲でやってみようかなと思っています。

それでは。