ふたつの帰り道

フィクション
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子どもの頃は「夢を持て、夢は叶えるものだ。あきらめたらいけない。」と叩き込まれてきた。
だが、大人になったら、夢は夢のまま終わらせなければならない瞬間がある。
夢を、幻想的な空間を追い続けることで、誰かを傷つけ、誰かを苦しめ、築き上げてきたものを崩してしまうかもしれないからだ。

今夜は、臆病な主人公が夢の世界でも臆病を繰り広げる展開をお送りしたい。


渡せなかったメッセージを海風に流し、主人公は少しスッキリした顔で海浜公園を歩いていた。クルマを走らせれば自宅までは5分程度だが、家路につけるほどの精神状態かは怪しかった。駐車場に向けて足を進める最中、姿は暗闇に隠されているが、足音とともに聞き覚えのある声が彼を呼び覚ました。

「やっぱりここにいたんだ!?ここに来れば会えると思ってたんだー!」

手をつなげるほどの距離まで近付いてやっと甘い声の正体を把握することができた。カフェの仕事を終えたメアリーだった。

「えっ!どうして?確かに話を聞いて欲しかった場面ではあった・・・」

主人公が言い終わる前に、柔らかな感触に唇をふさがれてしまい、頭に浮かんだ言葉自体が揉み消されてしまった。わずかな時間、呼吸ができなくなってしまった。街灯が1つしかない海浜公園で互いの姿の確認すらおぼつかない空間の中、何が起こったかは周囲からはもちろん主人公自身すら認識しようがない。でも、そんなことは次の瞬間、どうでもよくなった。

「話したかったから。待ってられなくて。」

メアリーは何もできずに立ちすくんでいる主人公の手を握り、そう言った。空間を支配しているわずかな光が、メアリーの瞳に反射しているような気がした。いつもはカフェの店員と客の1人という関係。お互い取り繕うように敬語で話しているが、この日は違った。

対岸に見える都会の光を見つめながら、2人は会話を始めた。メアリーの話はいつもと変わりない空間をもたらずものでしかなかった。いつもカフェで開店準備をしている時に話している延長線にしか過ぎなかった。特に用事がなかったのか、それともあえてテラス席で流れる時間を演出しようとしていたのか。
一方で、主人公は抱えきれないモヤモヤ感を、例え話に載せながらしゃべった。直接あったことを話すと、自分が小さな人間に思えるからなのか。それとも、メアリーに自分でも気付いていなかった心理を悟られるのがイヤだったのか。最初はうまいこと表現していたつもりだったが、途中から言い訳めいた意味の通じない話を繰り返しているだけに気付き始めた。メアリーは相槌を打つばかりで主人公をたしなめることも、慰めることもしなかった。ただ、主人公の方を振り返って一言残した。

「気が済むまで、、、気持ちが晴れるまで一緒にいよう・・・?明日になればお店に来てくれるかなっ?って思っていたんだけど、今夜、会っておきたくなっちゃって。前に話してくれたこの海に来れば、きっと会えるような気がしていて。ただ、会いたかったから。それだけだったの。」

主人公の心に立ち込めていた暗雲が、海風とともに流されていく。
優しさ100%として受け止めても良かったのだろう。心に宿したモヤモヤ感をすべてメアリーに受け止めてもらい、明日からは何事もなかったかのように”大いなる偽善者”として生きていくことだってできる。幼い時以来感じたことのなかった母性に顔を埋めることだってできたはずだ。

だが、この時の主人公はそうではなかった。心臓から別の鼓動が聞こえてくる。
新たな胸の高まりが、つないだ手の先に伝わらないように、必死で隠している。
彼女と同じ畑で土を耕し、種を植え、これからずっと2人で水やりをしていきたい。一緒になって何かを育て、2人だけしか知らない大切な何かを育てていきたい。そう思えた瞬間だった。

「・・・寒くない?大丈夫?少し、温まりたいよね。」

主人公も同じく敬語の壁を崩した。すごく薄かったけれどなかなか崩れない氷の壁が、少しばかりささくれた情熱で溶かされた気がする。

「うん、行こっか。」

ささやかな幸せを求めて、2人は駐車場に向かって歩き出した。

だが、駐車場に並んで停まる2台のクルマを見て、2人は現実に引き戻される。
それぞれ、別の帰り道が用意されていることに気付いてしまったのだった。

「帰らなきゃ・・・だよね?」

「帰らないと・・・ダメだよね?」

メアリーの眼には対岸の都会の光が揺れながら反射している。主人公はやりきれなくなった空間を打破しようと、必死に言葉を絞り出そうとしている。

「日が昇ったら、メアリーさんに会いに行くから。いつものテラス席で、何気ない明日がやってくるから。だから今は。。。」

この後のメアリーとのやり取りは覚えていない。せめて彼女を見送りたくて、彼女のクルマが走り去ってから自分のクルマのエンジンをかけた。

もっと彼女の温度を感じていたかったけど、これでいい。
明日もまた友達として会えるから。

海風に流したかった感情がもう1つ増えたのかもしれない。

 

 

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