一片の正義に愛を込めて

俺スタイル
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2020年、もうすぐ3分の2が終わろうとしているが、本当にエラい年になってしまった。
年初からの武漢肺炎に始まり、都市封鎖に近い外出制限、同世代有名人の自殺、約8年にもわたる長期政権の終焉・・・。
個人的な問題を見ても、祖母をはじめ身内が何人も旅立ったり、テレワークにより出社する機会が減ったり・・・。2011年以来の大打撃というか、また1つ価値観を大きく変えられる年となった。

そこに来て、勤務先が法律違反まがいの人事制度改定による給与引き下げを行おうとしている。財務体質は十分盤石であるにも関わらず、なんだかんだ理由をつけて我々兵隊クラスの待遇を劇的に悪化させようとしている。しかも、表向きは「待遇が良くなりますよー」という説明つきで。会社合併以来、散々良い環境に変革しようと盛り立ててきたこちら側にとっては、寝耳にミミズだ。将来の生活設計に対する不安だけならまだしも、「待遇が下がります、ごめんなさい」ではなくむしろ改善だと主張するような厚顔っぷりは中国のトップも真っ青になるレベルだ。具体的に書くと情報漏洩だ何だとうるさいので例え話で言うが、ピザ1枚を今まで2人で分けていたところを6人で分けるようになり、「頑張ればピザがもう1枚追加されます!いい話でしょう?」とか言われる始末。いやいや、ピザが2枚になったところで6分の2=3分の1。今までの取り分は2分の1でしょうが、と。どこが改善やねん。
こんな話をすると「ピザ1枚が2枚になる可能性があるのだから、大きな前進だ!」とかドヤ顔されて言われるわけだが、分数を比べる時はまず分母を揃えましょうね~と習うのは小学4年生だろうか?分母を無視して分子だけ比べて増えたーと管理職がさも当たり前のように話す光景を見ると、ここはホントに高学歴の人たちの集まりだろうか?と情けなくなる。そうやってこちらが分母を揃えだす⇒正社員の給与の話なので月給から時給ベースに置き換えて換算し直すと、「我々はプロなんだから、時給で見るもんじゃない!成果で見るもんだ!」と。そういうのは高プロ(高度プロフェッショナル制度)適用の高給取りに言ってくれないかな?というレベル。それを団体交渉ではなく、「1人1人に合った個別の制度です!1人1人と話します。圧倒的なコミュニケーションを実現します!」と言って、15分とか圧倒的に少ないコミュニケーション?だけで決められるという始末。この人たち、リーガルチェックも回してないのかしら??

このサイトの過去記事を読み返して、確かにここ数年は非常におとなしく丸まっていたのだが、そんなお粗末な状態なのだから半沢直樹ばりの詰め寄り方をせざるを得ない。そもそもやっていることが労働契約法違反。仮に俺1人の待遇としてあれやこれやで丸め込まれても、組織として堂々と法律違反をやっている所を見逃すわけにはいかない。今はまだリングに立ってまもない頃だからこれ以上騒ぎ立てることはしないが、今後もし俺や一緒に戦っている仲間がとんでもない不利益を受けることになったら、社名も個人名も一切隠さずにあらゆるメディアを総動員してきちんとブラック企業のラベルを貼ってお返ししましょう。

ここ最近、この問題を機に集結した仲間の皆さんとお話をする機会があるのだが、これは銭闘ではないと誰もが言っている。信頼の問題だ。
会社が従業員を信頼しなければ、本来無くても良いようなルールを作らなくてはならず、勤務環境としても非常に劣悪なものとなる。良いパフォーマンスが生み出せるはずがない。
従業員が会社を信頼しなければ、技術やノウハウの蓄積などできず、人が頻繁に入れ替わりその度にゼロから積み上げなくてはならなくなる。会社は一向に成長しない。
信頼があってこそ初めてお互いの価値を十分に利用し合えることができ、お互いにとっての幸せにつながる。決して全員を高給取りにする必要はなく、その人の能力や成果を見ながら、その人の生活を充実させてあげられるだけの支払いをすることは必要経費だ。年収3、400万程度の人を2、300万に下げることで浮くコストは微々たるものであり、一過性だ。何度も同じ手を使ってコストを浮かせることはできない。いや、浮かせたコスト以上にパフォーマンスや士気が一気に下がり、対応コストの増加や収益の下押し圧力につながる。カルロス・ゴーンのコストカットでピンチを免れることはできても、長期的な成長にはつながらない。大きな船を動かす上で大事なのは愛の種を蒔き続けることであり、やっと出てきた芽を皆で大事に育て上げ、いつか大きな花を咲かせることだ。俺は役員でも重要なポジションでもないが、施策を作り管理する立場から少しずつそういうことをやってきたつもりだ。そして、最近やっと蕾が膨らみかけているのを実感できてきた。そこに来て、向こう見ずの頭の悪い施策が降ってきたことに憤りを感じている。

・・・が、13年前と同じ過ちは繰り返さない。確かにロジックはこちらが100%正しい。第三者機関等にも複数検証してもらっているがそれは間違いない。
ただ、どんな正義もそこに愛が無ければ綻びが生じる。愛のない正義感は自粛警察と同じであり、例え勝負に勝っても幸せにはならない。正義には愛が必要だ。自分の仲間はもちろん、相手側の幸せや発展もきちんと考え、発展的に正しい方向に導いてあげないといけない。過ちがあるのなら、一緒になって真剣に検証し、自分たちも他山の石として戒めなければならない。愛のない正義は独りよがりであり、傍から見ていて悲しいものだ。
その代わり、誰が相手だろうと主張すべきところはきちんと主張する。反論すべきところはきちんと反論する。俺はこれまで小さな戦いをいくつも繰り返してきたが、その度に戦術をブラッシュアップさせてきた。今の自分ならブレーキがかかったキレのある球が投げられるような気がする。

日曜の夜に半沢直樹で励まされ、月曜からは実生活に役立てていきたい。

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