「来る者/去る者」論

久し振りのブログ。@ippeintel氏のブログを読んで思ったことを書く。

まずは、こちらの参照記事を読んでいただきたい。

優しい関係の生きづらさ
http://ippeintel.com/archives/958

似たような話は俺もブログによく書いているので、今さらリピートする気はないが、俺の人間関係の大原則をおさえておこう。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」

単独行動が多い一匹狼であるDavyは、いつも同じ人間のグループに属しているわけではない。個人的に、色々な人と会ったり話したりしている。その中には、もちろんIPPEIさんやJames.氏のように頻繁に会う人もいれば、たまたま大学の授業で隣の席になったような、名前も顔も知らない人もいる。政治的な会合で1度しか会わない関係もある。でも、俺は全て同じスタンス。もちろん、「近い・遠い」と、関係にランクをつけることはするものの、初対面でも何回会っていても多分対応は変わらないだろう。よほどの被害でも受けていない限り。

そういられるのも、全てこの大原則に基づいているからだ。この大原則は、普段生活を送る上で、自分を楽にさせてくれる。人間関係で悩むことも激減するし、寂しさを感じることもあまりない。「来る者」は自分に興味があって接してくる人。だから、そういう人と付き合うと気分が良いし、自分の対応も自ずと誠実なものになってくる。すると、お互い「コイツはいいヤツだ!」と思えてきて、関係が極めて良好になる。お互いにとってメリットがある。逆に、「去る者」に対しては悪口や愚痴を言うことなく、そのまま放っておけばいい。「残念だな」という気持ちは発生するかもしれないが、そこで無理に引きとめようとするとケンカになるし、お互い気分の悪い状況となってしまう。本当は、一時的な気分や興味が違う方向に向いている故に「去る者」になってしまっているだけで、時間の問題で復活するかもしれないのに、そこで関係がこじれるがために、「コイツは悪いヤツだ」とお互い思ってしまうという、非常に残念な結果になってしまう。それだけなら問題ないが、小中学生などは、こういったことがきっかけで、いじめにつながり、自殺者を生み出してしまうかもしれない。お互いにとって不幸なだけだ。

ならば、「来る者」を大切にし、「去る者」は放っておけばいい。「去る者」も時期が来れば、戻ってくるかもしれないのだから。逆に、「来る者」に対してはきちんと誠実な対応をしないと、失ってしまう危険性も高いが。

人生は1度きりだし、人生は短い。だったら、好きな人とだけ付き合って、皆で仲良く生きていければいいんじゃないの?それを変に義理とかで付き合うから、嫌な気分になって面倒なことになるのだ。別に、ゼミの合宿も行きたくなければ行かなければいい。そう言うと、「行かないとマズイよ」みたいなことを言うヤツがいるが、どんな思いあがりだよ。ゼミはそんなにお前のことを必要としてねーよ。やる気がないのに参加されたってウザいだけ。だったら、やる気のあるヤツだけでやってりゃいい。

俺に言わせりゃ、思いあがっているヤツが多過ぎる。
「自分の意見を書くのは恥ずかしい」→誰もお前の意見なんか興味ないって(笑)
「俺が行かなきゃマズイんだよ」→お前は重役か?お前がいなくても地球は回ってるわ!
「飲み会行きたくない」→行かなきゃいいじゃん。金のムダ。参加してるヤツだって、ノリの悪いヤツが来ても邪魔なだけ。
「ルールだから守んないと」→テメーのルール違反をいちいち咎めるヤツなんかいねーよ。所詮、俺もお前も世界じゃ60億人分の1。

俺はこう思っているわけ。所詮、Davyになんか誰も期待していないし、誰も注目していない。Davyには何の影響力もない。Davyのことを好きなヤツなんているわけないし、そもそも興味持ってないでしょ?だったら、別に俺が何しようと、誰と一緒にいようと、1人でいようと、俺の勝手だよね?それなら、俺は自分で決めたルールにのっとって、自分の好きなように生きていく。文句があるヤツがいたら、勝手に言わせとけ。何の興味もないわ。ただね、俺に興味を持ってくれたり、俺のことをちょっとでも好きになってくれる人がいたら、俺はそいつらをめちゃくちゃ大切にするよ。そいつらが俺を愛する以上に、俺がそいつらを愛してやる。俺は信じられる仲間とだけ、一緒に生きていく。そういう人間のためなら、死んでも構わん。所詮、大した男じゃないから。

まとめるとこんな感じになるわけよ。

単独行動を好むと言ったって、別に他人を排除しているわけではない。誰かが一緒に行こうと言えば、一緒に行くし、誰かが泊めてくれといえば、喜んで泊める。その点は、変に仲間を作って群れて行動している連中よりも、俺はかなりオープンだと思うよ。

笑い話がある。サミットで集まった時、「次のサミットではどこか旅行的なものに行きたいね」みたいな話になった。でも、思った。「多分、旅行に行ったら、1日目は皆で一緒にいれるかもしれないけど、2日目からは単独行動になるだろうな」と。あまりにも個性が強過ぎるため、団体行動が向かない人種だと思うのだ。多分、こう言うと、「団体行動に最も向かないのはお前だろ!」と言われそうだけど(笑)

否定はしません(笑)

ただ、この「来る者は~」の大原則は、かなり危険な要素も含んでいる。

自分に魅力がないと、「来る者」が減り、「去る者」が増えてしまうのだ。だから、常にDavyは魅力的な男であり続けないといけない。少なくとも、魅力的であり続ける努力を惜しんではならない。一時のスランプなら支えてくれるかもしれない。でも、もし俺が怠惰になってしまったら、皆、俺から離れていくだろう。単独行動は別に問題ないが、本当の仲間が離れてしまって、本当の意味での孤独になるのは、いくら俺でも怖い。だから、俺は、常にアンテナを張って色々な所から有益な情報を仕入れ、皆に提供したりして、魅力的であり続けようとするのだ。俺は向上心が強いんじゃない。孤独になるのが怖いだけだ。ビビっているから、俺スタイルを強固なものにして、他の人がやらないようなことをやろうとしているのだ。

結局、個人がしっかりしていなければ、団体を作ってもただの群れているだけのグループになってしまう。で、お互い傷をなめ合い、堕落していく。自分の意見すらまともに言えない。俺はそんなのはイヤだ。

飲み会に一緒に行ってバカ騒ぎする友達よりも、食事に行って多少のアルコールを口にしながら将来について明るく語り合える友達の方が、俺にとっては重要だ。「思いやり」とは相手を傷つけないことではない。相手にとって何がベストなのかを自分のことのように真剣に考える、相手にとっての「人生コンサルタント」になることが、本当の思いやりではないだろうか。

Buffer

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