正義とは何か ~かえぴょん脱退で思うこと~


今週になって、寒さが一段と増してきた。
月曜日の祝日には爆弾低気圧による大雪。火曜日からは晴天が続いているが、早朝の気温は零度近く、街行く人々は白い煙を吐きながら歩いている。

厳しい寒さは、俺たちの心にまで凍てつかせたようだ。
俺の大好きなアイドルグループ、SUPER☆GiRLS(スパガ)のメンバー、稼農楓さんがグループから脱退した。
かえぴょん、KPと呼ばれて親しまれてきた彼女の脱退は衝撃的なものだ。SUPER☆GiRLSには、「マイドル!SUPER☆GiRLS」という携帯・スマートフォンから登録できるファンサイトがある。ライブに行ったり、イベントに参加したり、CD等を買うとキーコードがもらえ、ポイントを貯めていく。いわば、ポイントカードのようなもので、無料であるため、スパガファンはたいていこのサイトに登録している。このサイトに登録する際に、推しメンを1人決めなくてはならないことになっている。ファンは、その時に決めた推しメンのサポートプロデューサー(SP)になり、この人数がいわゆるメンバーのファンの人数である。俺みたいにファン(SP)のランクが上がってくると、推しメンを2人まで設定することができるため、各メンバーのSPの数とグループ全体のファンの人数は一致しないのだが、メンバーの人気を測る指標の1つであり、AKBでいう順位のようなものだ。

かえぴょんの順位はといえば、1位のあみた(前島亜美・約6700人)に次ぐ2位(約5200人)であり、その影響力は大きい。ライブ会場に行けばわかるが、かえぴょんのうちわや自作グッズを持つ人は多く、結構女の子のファンが多かったように思う。まぁ、ここだけの話、KP推しのファンはマナーの悪いのが多いのだが(笑)それも、今となっては思い出となってしまうのが寂しい。

人気だけじゃない。ふんわりとした雰囲気の女子大生で、ピアノも弾けるし、メンバーの中でも女子力が高いと言われていた存在だ。イメージで言うなら、キレイなお姉さん。だけど、食に関してはかなり色々言われていて、よく食べる噂があった。俺の推しメンになったことはないが、SUPER☆GiRLSにとって非常に重要な存在であり、今回脱退するにしても、過去の活躍を消し去ることはできない存在だ。好きだった。シリアスという言葉の対極にあるような笑顔を見るために、俺は足を運んでいたような気がする。だからこそ、守ってやりたかった。正月にあの記事を書いたのも、何としてでも守ってあげたかったからだ。

今、傷ついた天使に伝えたいこと
http://davystyle.com/archives/1802

叶わなかった。気持ちが届いたかは別にして、俺が望まない結末を迎えてしまった。

1年前のえりりん(秋田恵里)の卒業の時は、笑顔で送り出せた。あれも確か日本青年館だったな。2階席の一番後ろから、ファンの皆の緑色のペンライトで照らされたステージを見ていた。あの時もメンバーは泣いていた。涙声のMAX!乙女心。そして、えりりんのセリフも入った唯一の完全バージョンでやった笑顔の羽根。

今回は、見送ってあげることすらできなかった。それが心残りだ。
だけど、この前の青年館。本人は不在だったが、1年前と同じ光景がそこにはあった。
メンバーの泣く姿。それも、通常のライブ成功時ではあり得ないような涙。悔しさが混じっているように思えてならなかった。
きっとこの時、決まっていたのだろう。だとしたら、なぜ最後だけでも本人をステージに上げなかったのか、これに関しては運営側を責めたい気持ちはある。

もう日本青年館ではライブをして欲しくない。それが正直な気持ちだ。

もし、週刊誌報道が事実だとしたら、道徳的には許されないことかもしれない。それを糾弾したくてあの記事を掲載したのであれば、それも1つの正義だろう。
だが、その事によって、1人の女の子がアイドル生命を絶たれる事態にまで発展してしまった。そこまで追い込んだ週刊文春を叩くのもまた正義ではないか。

時はさかのぼり、2001年。9.11、アメリカ同時多発テロ。
旅客機が超高層ビルに突っ込み多数の死傷者を出すという、前代未聞のテロ。こんなことがあっていいはずがない。アメリカはすぐさまアフガニスタンに対し、反撃を仕掛けた。
当時小学生だった俺はこう教わった。アメリカは正義のために、悪であるビンラディンを倒すために戦っている、と。
ところが、高校生になり国際情勢について学んでいると、アメリカが善で、イスラムが悪だと必ずしも言えないことがわかった。イスラム世界の人々も、アメリカに散々やられてきた歴史がある。彼らにとっては、悪であるアメリカを倒すために戦っているのかもしれない。それが、彼らの正義なんだろう。

先日、体罰についての記事を書いた。その時に、暴力についてハッキリとは否定も肯定もしなかった。
俺には、暴力に対して戦った歴史もあれば、暴力を用いて戦った歴史もあるからだ。
8年前の2人掛かりでの暴行事件。あれは、正義のために戦った。俺たちに濡れ衣を着せ、共犯者に仕立て上げようとした人間に対し、殴る蹴る等の暴行を加えた。
暴力を用いること自体は悪かもしれない。だが俺は、やってもいない事件の犯人にされることは正義に反すると思い、自分のためにも、同じく犯人にされ俺より更にヒドイ仕打ちを受けた友人のためにも、戦って制裁を加えることが正義だと信じていた。

人はそれぞれ、自分なりの正義を持っている。生まれ育った環境も違うし、現在置かれている境遇も違う。これまで学んできたこと、教えられてきたことも違う。
正義なんてものは、1つじゃない。世の中、善悪二元論で片付けられるほど単純なものじゃない。
「いいものはいい、悪いものは悪い」なんて、テメーの価値観の中での話であって、普遍的に良いもの、普遍的に悪いものなど存在しない。

また、置かれている状況によっても異なる。
日本がしてきた戦争。戦後に生まれた俺たちは、「もう二度と過ちを犯しませんから・・・」という記念碑の言葉のように、戦争をしてきた先祖が愚かだった、この国は間違ったことをしてきたと教わった。
では、昭和初期の頃に生きていた人間は全て悪だったのだろうか。自国の利益のためなら、他国のことなんて知ったことか!と非人道的な考えのもとにあの戦争をしたのだろうか。
俺は違うと思う。彼らには彼らの正義があった。もちろん、全て正しかったとは言わない。あの戦争で犠牲になって生命を奪われた人、夢や希望を奪われた人がたくさんいたことは忘れてはならないし、二度とそのようなことになってはならないと思う。だが、彼らの正義を聞かずに、まるで臭いものにフタをするように、善悪二元論で片付けてしまっていいものだろうか。

この国では、多くの先進国では、殺人を犯した人にさえ、裁判など弁明する機会を与えられる。もし俺が被害者の立場に立つならば、殺人をしたヤツの話なんか聞くことはない、さっさとそいつを死刑にしろ!と思う。
だが、同じ殺人という行為でも、それを犯した背景も違うし、実際にその行為に及んでしまった理由もある。それは、話を聞いてみないとわからない。
正義なんてものは、人の数と同じだけ、いやそれ以上に存在するものなんだ。

だからこそ、正義と正義がぶつかることもある。その結果、悲惨な事態に発展してしまうこともある。

俺は言いたい。お前の正義は最大限尊重してやる。それを否定する権利は俺にはない。
だが、その正義は俺の正義とは違う。俺には俺の正義がある。だから、俺の人生の邪魔だけはするな。俺の正義を侵すことは許さない、と。

自分の正義を他人に強要しない。自分の正義の実現のために、他人の人生の邪魔をしない。
それが、俺たちが社会の中でお互い気持ちよく穏便に生きていくための、最低限の苦肉の策ではないだろうか。

今回の文春の記者、および編集長は、自らの正義の実現のために、1人のアイドルを殺害した。そして、俺たちの夢や希望を奪った。あいつらの正義を押し付けるためだけに。
俺は許さない。永遠に忘れない。全身全霊をかけて、週刊文春という雑誌を嫌うことくらいしかできないが、最大限自分にできることをしてやる。

悪魔に魂 売り渡し 逃げ通せると思うなよ
神に祈ってももう遅い 喰らいついたら最後 お前はNo Future
貫く痛みに身悶えて 罪の深さを思い知れ
涙流しても許さない 喰らいついたら最後 お前はNo Future

だが、彼らが俺とは違う正義を持つ自由だけは尊重してやる。それを心の中で留めておくだけなら、俺は認めてやる。
今回、俺が出した結論だ。

俺は決めている。自分とは違う正義が、俺のテリトリーを侵す場合には、全力でその排除に向けて戦う。
よそで勝手にやってくれる分には、不快に思いつつも、それには一切関知しない。
例の会長時代の政策も、俺のテリトリーを侵したから、全力で排除しようとした。

SUPER☆GiRLSはこれから10人体制になる。今回の騒動で、しばらく彼女たちには逆風が襲い掛かるだろう。
だけど、SUPER☆GiRLSは10人だけじゃない。バックには、俺たち熱いファンがいる。前からどんなに冷たい寒風が吹き荒れようとも、後ろから暖かい春風を吹かせて温めてやる。
彼女たちが俺たちを見捨てない限り、俺たちも彼女たちを見捨てない。

この男も、筆による暴力に苦しんだ。
20年以上前の曲だが、聴いていただければと思う。

長渕剛 豚


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