男には、隠れ家が必要だ。

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最近の趣味。1人でBARに行くこと。
重い扉を開け、カウンター席に座り、自分が注文した酒をバーテンダーが目の前で作ってくれるのを尊敬の眼差しで眺めている。
何をするわけでもなく、酒と空間に酔いながら考え事をする。たまにバーテンダーの方とお話する。
手持無沙汰になるので、食事を注文する。BARでの食事は腹を満たせるものではないが、その1つ1つが美味しい。
1時間少々過ごし、カードで会計し、店を出る。店を出てもすぐには電車に乗らず、しばらく街を散歩する。
夜風がとても冷たくなってくる季節。身体だけでなく、心まで冷やしてくれる。
怒り、憎しみ、苦しみ、悔しさ・・・。そんなものに対し「いいじゃないか」と語りかけてくる俺がいる。
クールダウンが済んだら電車に乗って帰宅する。そんなスタイルだ。

そして、俺は今日もBARへ行った。行くしかなかった。
普通の感情では受け止めきれないことがあった。きっかけだけを捉えれば4文字で片付く話ではあるが、そこから派生する悩みは広く、深い。

入社して8ヶ月。それまでとは明らかに景色が変わった。
自分のためだけに生きてきた俺が、久しぶりに他者の目を意識して生きるようになった。「評価してほしい」その一心で走り続けてきた気がする。
最も大きかったのは、船舶免許取得だ。口では「自分の趣味のため」とか言っているが、真相は違う。自らが操縦する船に乗せたいと思う人がいた。少ない給料を何とかやりくりし、学科試験の勉強を独学ですることで、何とか費用を圧縮し、悪戦苦闘しながらも免許取得までこぎつけた。

カッコイイ俺でいたかった。ファッションにもお金をかけた。それまではあまり手を出してこなかった「万単位」の服や小物を多く手に入れた。
髪型だって崩した。レジスタンスのタトゥーを刻む代わりに象徴として作っていたオールバック。オールバック時代は数年の歴史に過ぎないが、それに類似する髪型を通算すると、高校入学当初、つまりfqtが生まれた時からずっと貫いてきたもの。それを崩す決断をした。その方が受け入れられるとするならば、やぶさかではない、と。

BARに行く、夜景を見に行く、平日アフター5のツーリング。
これらは、ライフスタイルをカッコ良くするためにやってきたこと。残念ながら容姿が優れているわけではない俺は、生活感からカッコ良さを演出しなくてはならなかった。セルフプロデュースというと大袈裟になってしまうかもしれないが、背景に流れるストリームみたいなものをカッコ良くしたかった。ナルシストだったのかもしれない。

これらの努力が無駄だったと宣告された時、やり場のない複雑な感情に駆られることとなった。茫然自失という言葉が最もふさわしいのだろうか。仕事は手につかなくなり、デスクで1人考え込んでいた。今日だけの話じゃない。今月、似たような話が他にもあったので、さらに考えさせられることとなったのだ。
「何がいけなかったのか」自らの行動を1つ1つ振り返り、仮説を立てて検証した。思い当たる所は複数あるが、ほとんどが自分では解決できない問題ばかりだ。直しようがない、あるいは直すには時間と費用とリスクが大きすぎる。どうしようもできない話だ。

BARでもずっとそんなことを考えていた。Aでもダメ、その逆のBでもダメ。もともと俺の人生において達成不可能な話じゃないか、と。周りの連中は簡単に空を飛べている。「ならば、俺も!」と意気込んできたのだが、そもそも俺には翼がなかったのだ。それに気付いていなかった。いや、気付こうとしなかった。「夢は叶う」と教えられてきたから、愚直なまでにそれを信じてしまったのだ。今思えば、それまでにも気付くチャンスはいくらでもあった。深く心に刺さるような話もあった。だが、それすらもレジスタンスしようとし、受け入れてこなかった。「絶望とは、行き止まりを知らせる標識のようなもの」と早く理解していれば、今回のような事態は避けられたはずだ。

そうじゃないかもしれない。怖いもの見たさというか、リスクを好んでしまったのかもしれない。日常に刺激が欲しくて、あえて茨の道を選んでしまったのかもしれない。繊細かつ鈍感という訳のわからない性格は、事故を引き起こす最大の原因だ。もっとも、今回の事故は俺のハンドルミスによるものではなく、偶然のもらい事故だったのだが。リスクをとったわけではない。第三者が代わりに俺のリスクをとってしまって、結果的に俺が被害を受けるという、何とも言いがたい屈辱だったわけだ。

話を戻そう。BARでヤケ酒を飲んでいた俺は、いつもよりもペースを早めてしまい、アルコールを消化しきれなくなってしまったのだ。タクシー帰宅の後、すぐにベッドで倒れるハメに。1時くらいに目を覚まし、そこから眠れずにこの記事を書いている。

バーテンダーとこんな話をしていた。1人でBARに行く意味について。その方も1人でBARに行くことが好きらしく、仲間と居酒屋で飲んだ後ですら1人で飲み直すというくらいである。初めて会う方だけど、感性が似ていて嬉しかった。なんだろう、自分を整理できる場所というか。自宅に帰ると他にやることができてしまい、思索にふけることは不可能。誰かと飲みに行っても、その人との会話が中心になってしまい、自分を整理することとは程遠くなってしまう。今までは、その役目を夜景を見に行くことに託していた。昨日みたいに。海ほたるまでバイクを飛ばし、波打ち際近くまで降りていき、夜の暗い海を眺めながら考え事をする。俺にはそんな時間が必要なんだ。夜景を見るのも良いが、季節が深まるにつれ、気温の問題で難しくなる。そこで、BARが使えるというわけだ。

BARといっても、席数が1ケタの所は緊張する。40席以上ある所だと騒がしい。20席くらいがちょうどいい。カウンターと少しばかりのテーブル席。音楽は控えめでいい。酒も食事も高くていい。美味しければ。

BARって、1人で行くと全くすることがない。携帯いじるのも無粋だし、本を読むには暗すぎる。バーテンダーの方としゃべるのもいいが、ずっとしゃべっているのも他の客の迷惑になる。必然的に、考えるしかなくなる。また、考えるには良すぎるくらい良い環境なのだ。暗い店内。上品なテイスト。カウンター越しに並ぶボトルが空間を演出する。騒音もほとんどなく、かといって静寂に包まれているわけでもない。そこにアルコールが手伝うと完璧だ。大好きな空間だ。

女の子を誘って2人で行くことも夢見ていた。だけど、その必要はない。いや、それをしてはいけない気がする。男が戦闘服を脱ぐ、唯一の隠れ家なんだから。場所すら知られない方がいい。俺が俺であるために、俺が俺であることをやめないために、自分の弱さと付き合える大切な時間なんだから。

当初の目的は達成できなかったが、俺は俺でカッコイイ男で居続けようと思う。8ヶ月を無駄だと思うのは俺だって嫌だ。これまで5年なり3年なりという時を無駄にしてきたのだから。あの娘が俺に変わるきっかけを与えてくれたと感謝して、ここから先は俺1人で歩いて行こうと思う。思えば、あの娘がいなかったら、今の俺はいなかったかもしれない。海ほたるというノンアルコールBARを見つけることもできなかったし、もちろん船舶免許だって取れていないし、何より自分にとって大事な隠れ家を作ることもしようとしてこなかったのかもしれない。間違いなく、俺を成長させてくれた。俺を「大人の男」にしてくれた。そういう意味では、感謝だよね。皮肉じゃなく、マジで。

でも、失ったものだってある。「あの娘が見ているかもしれない」と思うと、不用意な発言はできなかった。ブログが滞っていた最大の原因。仕事の忙しさだけでなく、脳内まで忙しかったのだ。だけど、これからは時間も余裕もある。仕事も少しずつ慣れてきて、ゆとりを持ってできるようになった。23歳の誕生日には復活祭ができるかな?なんて考えていたりもする。こちらで忙しくて疎遠になってしまった人もいるし。そういう人と再会したい。読者の皆様とも随分疎遠になってしまったしね。長い長い旅行から帰ってきたから、これからはまた親密な関係になれたらな、って勝手ながら思っている。

俺がこの8ヶ月で学んできたことも、少しずつこちらでフィードバックしたい。俺は毒すら薬に変える男だ。もちろん、立ち直るまでには少々時間はかかりそうだし、そういう意味ではまた違う旅に出なければならないかもしれないが、約束する。必ず新しい俺スタイルを創ってみせる。そして、それをこの場で皆さんに提示する。「ショック受けたから、このサイトもやめます」なんて、そんな裏切り、もう俺にはできない。たとえ俺がどんなに留守にしたって、たとえ俺がどんなに言葉と裏腹な行動をとったって、いつだって帰ってきた時に「おかえり!」って言ってくれる連中がいるから。こんな勝手な男についてきてくれる人がいる。たとえ姿が見えなくても、俺はわかっている。アクセス履歴見ればわかる。事情を知らないヤツは「ファンって何?」「ブログなんて誰が見てるの?」「Podcastなんて聴いてる人いないんじゃない?」とか寝ぼけたこと抜かすけど、俺はちゃんとわかってる。昨日も、バイクで走りながら考えていた。「俺は俺を支えてくれる人のために、何ができるんだろう?」って。直接会っているわけじゃないからできることは制限されてはいるものの。こういう情報媒体としてできること、それも俺のような一般人にできることは、「経験のシェア」だろう。今はそれをどのような形にするのがいいか、考えている最中だ。

とりあえず今日は、これだけは言わせてくれ。
「男には、隠れ家が必要だ。」

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