夏の夕暮れは寂しくない。
僕との別れを惜しむかのように、ずっと空が微笑んでいてくれるから。
夏の夕暮れは悲しくない。
後ろから抱きしめてくれるかのように、穏やかな風がそっと身を包んでくれるから。
そんな夏の夕暮れと戯れてみたくて、僕はいつもの電車には乗らず歩いて家に帰ることにした。
大通りを走り抜けるクルマを見つけた。
何をそんなに急いでいるんだろう。
何にそんなに追い立てられているんだろう。
誰を想ってハンドルを握っているんだろう。
何を感じてアクセルを踏んでいるんだろう。
アクセルを踏み続けなければいけないのだろうか。
ブレーキを踏んではいけないのだろうか。
ああ、僕がバイクに乗る時も、そんな風に見えているのかな。
裏路地の曲がり角に小さな楽器店を見つけた。
ショーケースには所狭しとハーモニカが並んでいた。
ハーモニカで何が奏でられるんだろう。
誰のためにハーモニカを吹けばいいんだろう。
ハーモニカを使って歌を作れないだろうか。
作った歌を誰に捧げたいんだろう。
作った歌で何を伝えたいんだろう。
そもそも僕の不器用な歌を聴いてくれるだろうか。
ああ、僕が歌詞を書く時も、同じことを思っていたんだよね。
橋を渡る前の交差点に古ぼけた喫茶店を見つけた。
窓際の席でコーヒーを飲む2人は何を語っているんだろう。
2人は愛を語り合えているのだろうか。
2人は愛の重さをわかっているのだろうか。
2人は愛には悲しみが訪れることを知っているのだろうか。
2人は自分たちの行く末を描けているのだろうか。
2人はお互いを身を挺してでも守る覚悟を持っているのだろうか。
2人はそれぞれが抱えた傷を癒す術を持っているのだろうか。
2人は中途半端な愛を軽蔑できる美学を持っているのだろうか。
ああ、僕が歩きながら悩んでいたことは、まさにこれだったんだよね。
鉄塔の向こうに沈み行く夕陽に問いかけたい。
2つの道があったなら、どちらを進めば良いものか。
鉄塔の向こうに沈み行く夕陽に届けたい。
迷いの末に描きあげた静かなバラードを。
鉄塔の向こうに沈み行く夕陽に誓いたい。
人生でたった一度の選択を、一生大事にしていくことを。
ああ、まもなく夕陽と月が交代する時間だ。
今日の夕食はクリームシチューがいいな。
僕も早く家に帰ろう。
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