バックホーム!


「ランナーまだ走ってるぞ!バックホームだ!!」
ボールより小さい手をした右翼手は、ゴロの処理にもたついていた。何とかボールを拾い、力いっぱいボールを投げる。少し眩しそうに、グローブで日差しを遮る。

監督がその右翼手に向かって、叫ぶ。
「ランナーが2塁にいる時は、とりあえずボールをホームに返せ!迷ったらバックホームだ!ホームにボールを返せ!!」
「ハイ!すいません!!」
チームメイトが「ドンマイ!!」「次、次。」と声を掛ける。
少年は、グラブを上げて「悪い」と返事をする。

「迷ったら、バックホームだ!!」
「迷ったら、バックホーム・・・」
バックホーム・・・ホームにボールを返す・・・。

まどろみの中でこんなシーンを見ていた。紺色のメッシュの生地に、赤い文字でチーム名が書かれたユニフォーム。帽子はSと書かれた静高のものと類似したもの。ユニフォームは皆で話し合って決めたが、帽子は監督のこだわりだった。

「早く集合しないと・・・」
目の前の景色はゆがみ、真っ直ぐ歩くことすら困難だった。そのうちに、違う音も聴こえてくる。
「2番線に、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。」
「2番線、各駅停車新宿行参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。」

ハッとして、まどろみが消えた。そうだ、いけない。仕事中だった。
雨と混雑のせいで、声を張り上げたり走ったりしているうちに、結構な体力を消耗し、眠気に襲われていたのだ。
手袋を外し、顔をパンパンと2回叩いた後、再び声を張り上げた。
「まもなくドア閉まります!次の電車ご利用ください。」
こうして日常に戻っていった。

そして、夕方、先週に引き続き、TOKYO DOME CITYホールへ向かった。AKBのコンサートのリバイバル公演。今日は、A5の「恋愛禁止条例」公演だ。
A5は、俺が初めてAKB劇場に行った時に見た公演。チームシャッフル前のチームAだから、スター揃いだ。あっちゃん、麻里子さま(今日は不在)、ともちん、たかみな、こじはる、みぃちゃん・・・今やTVなどで有名になった「スター」ばかりの集団だ。初めて生で見た公演がA5だとは俺も結構ツイていた。

リバイバル公演、つまり復刻シリーズの1つだ。今日、再びこのA5公演を見ることになった。

懐かしかった。昔iPodでヘビロテしていた曲が目の前で演じられる。あの時の興奮が再びよみがえった。
また、しばらく聞いていなかった曲を改めて聞くことで、歌詞を違う角度からとらえることもできた。
特に、「真夏のクリスマスローズ」。

でも、何より思ったのが、ステージでやってる彼女たちがホントに楽しそうなのだ。
俺がAKBのファンになったばかりの頃と今では、状況が全く違う。あの頃は、「AKBって名前はどこかできいたことあるけど・・・?」といった感じだった。テレビも深夜のAKBINGOくらい。まだあの時は、週刊AKBすら始まっていなかった。ほぼ毎日劇場で公演していて、知名度アップに必死だった。
しかし、今では、あちらこちらから引っ張りだこ。AKBというグループ名を知らない人はいないし、個人での活動も増え、10人くらいは個人名でもある程度は認識されているはずだ。オイシイ思いもしただろうし、きっと楽しいことも増えただろう。テレビでも、ラジオでも、雑誌でも、彼女たちを見かけない日はない。
でも、今日の公演を見て思った。劇場での公演が1番イキイキしてるよ。1番楽しそうだよ。

彼女たちはよく言う。「今の状態が不思議でならない」「いつかは落ちていく(人気がなくなる)ことはわかっている」「この状態がずっと続くわけがない」・・・。俺らと同じくらいの歳の女の子たちが、既に達観しているかのようである。

それでも、彼女らがかつてのアイドルグループのような、いわゆる「落ちぶれる」状態にはならないだろうと、少なくとも俺は信じている。そういう見方をする人が多い。なぜか?劇場があるからだ。劇場公演があるからだ。テレビに出なくなっても、雑誌のグラビアを他のアイドルに取って代わられても、昔のように、シアターに戻るだけだ。ゼロになっても、マイナスにはならない。

それをわかっているからこそ、彼女らは劇場公演を楽しみ、かつ大切にする。どんなに売れても、たとえ回数は減ったり、会場が変わっても、劇場公演を疎かにしない。いわば、AKB劇場は彼女たちの「ホーム」なんだ。ホームがブレずにあり、ホームを常に意識し、ホームを大切にしているからこそ、真の強さを持っている。俺は、今日の公演で、そう感じた。

すっかり忘れてた。なんでここの所気持ちが不安定で、軸がブレていたのか、ようやく答えがほんの少し見えてきた気がする。色々なものに興味を持つのはいい。好奇心旺盛なのは結構だ。やりたいことを色々見つけ、ベストな答えを探してきてのことだから、それらは否定されるべきものではないし、俺自身も否定しようとは思わない。

だが、ホームを意識せず、つまり軸を持たずにフラフラしていると、やがて足元をすくわれる。いわば、満員電車の中で、自力で立っていないような状態だ。電車が一定の速度で動いているうちはいい。たとえ足を使わなくても、外圧によって、自分の身体を支えることはできる。しかし、急停車した時はどうか?おそらく、転ぶはずだ。自分の足で立っていないと、いざ外圧がなくなった時に、転ぶしかなくなる。俺はそんな状態だったんだ。幸運という神輿に担がれていたから、気付かなかった。結局、自分の足で立っていなかったんだね。

俺のホームって何だろう?おそらく、十七歳の時に書いたあの本に詰まっているんじゃないかな?もちろん、あの本には政経塾で語った立志も掲載されている。それも含めての、あの本に全てが詰まっているのではないか。

まだ答えはわからない。間違っているかもしれない。俺にはわからない。
それでもいい。信じてあげたい。俺、普段の文章は、結構カッコつけで書くことも少なくない。それは否定できない。だが、あれはカッコ悪い本だ。自分の心を搾った搾り汁を集めたようなものだ。ダサい。ダサいけど、ウソじゃない。信じてあげていいんだと思う。

インターンシップ、某コンサルティング会社を第一志望にすることにした。大学のリストの中に、適当な不動産会社が無かったからというのもそうだが、大手金融機関や鉄道会社もあった。しかし、それでも、(業界ではそこそこ有名だが)一般にはそんなに名前が浸透していないであろうコンサルティング会社を志望することにした。あの本を書いた十七歳の俺が教えてくれた。それが、お前の天職かもしれない、と。

監督、ピンチになったので、とりあえず全力でバックホームすることにします。
1アウトランナー2塁。ライト前に転がるゴロ。
3塁でランナーを刺せばカッコいい。だけど、俺は原点に戻りますよ。
ボールをホームに戻して、少なくとも失点はしないようにする。
これでいいんだよな。まずは、これで体制を立て直そう。


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