自分のメディアを持つということ


民主党代表選、菅直人氏の再選が決まり、小沢一郎氏が敗れた。
多分こうなるだろうなと予想してはいたものの、いざ現実を突き付けられるとショックだった。もう政治はゲームではない。確実に自分の生活で実感できるレベルまで来ている。来年の今頃は、黒いスーツを着て、オフィス街を駆けずり回っているだろう。今日の結果を受けて、来年の俺たちの就職活動は今年している人よりもより一層大変であろうことが予想できる。

仮に来年になって景気が持ち直したとしても、雇用に波及するまではかなりのタイムラグが生じる。儲かったからといって、すぐに人を雇えるわけではない。少なくとも、今年中に持ち直していないと困るのに、この結果。今日の結果についての俺の感想はTwitterの方に書いたので、ここで愚痴を言うのはやめにしよう。俺は小沢氏を支持していただけあって大変ショックであったが。支持の理由は前に書いたのでそこに譲る。

なぜ今「小沢」なのか
http://davystyle.com/archives/300

まぁ、いくら俺が怒ったり嘆いたりしたところで、実感として感じられない同年代の人たちは少なくないだろう。

    そりゃ、いいよ。司法試験目指したり、公務員目指したり、大学院行ったりする連中は、就職活動しなくていいんだからさ!せいぜい浮世離れして「菅ちゃん、がんばれ」なんて言ってりゃいいさ。テキトーに未来語って、崇高な政策語ってりゃいいさ。

でも、俺たち就活組は、来年、実際にどこかしら企業の内定もらわなきゃいかんのだよ。企業が儲かってなきゃ、俺らの就職口はない。つまり、食いっぱぐれるってことさ。実家だって裕福なわけじゃない。父親もあと3年で定年だ。でも、年金だって60歳ですぐ出るわけじゃない。平社員だから退職金だってあてにならない。俺が稼いで実家に仕送りして、両親や祖母の面倒を見なきゃならん。そんなバカ息子に就職が無いなんて、一家で無理心中図れっていうのか?

金持ちの御曹司はいいよ。偉そうに好き勝手言って、「○○の学説においては~」とか「○○の政策論については~」なんて、机上の空論を語ってせいぜい論文にでもまとめて教授に褒められとけってんだ!「外国人参政権反対!」とか直近の問題ではないことを取り上げて、掲示板にでも書いとけばいい。でも、俺は違う。そりゃ、好きな仕事をしたいし、自分のポリシーに反することはしたくない。それでも、金を稼がなきゃ生きていけない。だったら、多少泥まみれになろうが、汚い仕事をしようが、現実に稼がなきゃならないんだ。何百社もエントリーして、1社でも多くの内定を勝ち取らなきゃならないんだ。東大とか早慶とかの連中と違って、学歴なんか使い物にならない。完全などぶ板、地上戦。「新しい公共」だとか「借金が~」とかほざいているヒマはないんだ。デフレから一刻も早く脱却し、企業がきちんと稼げる社会にしていかなければならない。

だから、経済について、大きな勘違いをしている人間には総理になって欲しくなかった。別にクリーンだとか政治とカネとかどうでもいい。儲かる社会で、稼げる社会になれば、外国人に参政権を与えようが、世田谷に土地を買おうが、そんなことはどうでもいい。皆が金さえ手に入る社会にならなきゃ、意味がない。よく「愛か金か」という話になるけど、愛だって、ある程度の金が入ってきて生活に余裕がなければ持てるものではないし、表現できるものではない。世界中、誰だって略奪とか殺人とか嫌に決まってる。そんなものを望む人間は1人もいない。しかし、災害が起きて生活が不安定になると、まず「生きること」を優先させるために、略奪をして自分の最低限食えるための食糧を確保しなければならない。食糧がなくなったら、たとえ家族でも相手を殺して人間の肉を食べなければならない。全ては、生きるために。だから、愛を持てるのは生活に余裕があってこそのものだと思うのだ。だから、きちんと皆で稼げる社会にしなければならないと思うのだ。社会に「愛」を増やすためにも。

現実の話はここまで。あとは、俺がこの代表選をどんな風に見ていたのかという話。

あの時の続きだと思った。小沢さんを自分に重ね合わせていた。
もし、俺が会長を辞めないで続けていたら、どんな風になったかな~って。散々叩かれて悪人に仕立て上げられた小沢さんを、自分に重ね合わせていた。
あのままいったら、1月に選挙が再びあった。多分、対立候補が立っただろう。クリーンを売りにした、無難な路線をいく人物が。多分、「世論」はその彼になびくだろう。悪人である俺を支持する人は激減する。そんな風に見ていたから、今回、ネットでは小沢さんの支持が高かったり、演説でかなりの盛り上がりが見られたのを目にして、俺は本当に嬉しかった。「ああ、見てくれる人は、きちんと見てくれるんだな」と。あの時もそうだった。全校中を敵に回しても、残る人間はきちんと残ってくれた。そして、熱い応援を俺にくれた。今でも忘れない。

そんな感情移入をして見ていたから、小沢さんの敗北は悔しかった。まるで、自分のことのように思えた。検察へのレジスタンス、記者クラブへのレジスタンス、官僚主導へのレジスタンスを掲げる「悪人」が敗れてしまったことは、まるで俺のレジスタンスが負けたようでかなりショックだった。でも、小沢さん、今回得たものは大きかった。若い人たちで、既存メディアに疑問を持っている人たちは、きちんとバイアスをかけずに支持しているということがわかった。あれだけマスコミがネガティブキャンペーンをやっているのに、それに惑わされず、自分の頭できちんと判断できる若者が少なくないということがわかった。テレビとか新聞を見ていると、国民全員が「小沢嫌い」と思いがちだが、実はそうでもないことに気付いた。これだけでも今回代表選に出た価値は大きかったと思う。

だからこそ、小沢さんには「自分自身のメディア」を持って欲しい。中間を入れずに、直接メッセージを伝えられるメディアを持って欲しい。マスコミが間に入ると、編集したり都合の良い解釈をされたりして、なかなか真意が伝わらない。情報はねじ曲げられる。でも、ネットの普及によって、自分でメディアを持つことで、そういったものを抜きに、誰の恣意も介入することなくメッセージを伝えることができる。だから、小沢さんにはネットを勉強してほしい。

俺が、全盛期と比べ、アクセス数が10分の1、100分の1になってもブログを持ち続け、さらにはTwitterやPodcastをやっている理由もここにある。誰を介することなく、自分自身で直接言いたい事を言え、メッセージを伝えられる。質問にも直接答えられる。一時期、アクセス数やコメント数が減り、やめようと思ったこともあった。でも、そこで踏みとどまったのは、応援の声が第一の理由だが、第二の理由としては、もし、直接伝える「自分自身のメディア」を失ってしまったら、俺は「ただの悪人」になってしまうと思ったからだ。世間のダーティーな印象だけで終わってしまう。しかし、そうでない部分もきちんとお伝えしたい。その受け止め方は皆さんの自由だが、少なくとも発信はしておきたい。だから、もしかしたら誰も聴いていないかもしれなくても、Podcastをやり、誰も関心がないかもしれなくても、Twitterを書く。第三者を入れたくないのだ。

小沢さん、もう民主党にいても飼い殺しにされるだけです。政治生命、ここで終わってしまいます。「最後のご奉公」はまだ果たしていない。党を割って、1日でも早く菅政権にピリオドを打つように全力を尽くしてください。「無能な善人(のフリをした)」政権は、もううんざりですから。


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