俺たちは、変わったよ。


「俺たちは変わったよ」
久しぶり会った友にそうつぶやいた。
破天荒を気取っても、ちょっとした不良気分を味わおうとしても、捨てきれない真面目さが邪魔をする。〆切の足音が近付くにつれ、今まで溜めてきた宿題をやっつけ仕事で一気に片付ける。捨てきれない性分と嘆くべきか。それとも、その変な生真面目さがあるから、ここまで道を大きく踏み外さずにやってこれたのか。答えは自分自身すら知らない。

俺は変わった。ここ数年で劇的に。
東京都心で働くという夢を叶え、裕福とは言えないまでも同世代の中では恥ずかしくないだけの金を稼ぎ、結婚をし家庭を築き、自分のベースとなる棲家を建てようとしている。
22歳で大学を卒業してから約4年の間に起きた出来事だ。

そして今日、26歳となった。
世間一般の人にとっては、何でもない師走の週初め。今年も空に太陽が輝いてくれた。
地味だけど、穏やかな陽だまりを感じられるいい日になった。

結婚して初めての誕生日だ。
いつもは厳しい妻も「アラサーの世界へようこそ!」と、とても眩しい笑顔で歓迎してくれた。
愛してるとか、恋してるとか、そんなチープな話じゃない。俺にとって、大事な人。

俺は絶えずモノを効率的に考え、人生の最短経路を走ってしまう。世間が何を追っても、周りを全く見ることなく、自分だけの世界を創り上げてしまう。もちろん、それは正しかった。自分の世界観を構築し、それを表現する意味においては不可欠な能力だ。ただ、他の人が当然にして歩んできた道を歩いては来なかった。旅行に例えるなら、ハワイに行っても海を見ない、ニューヨークに行ってもマンハッタンの街を歩かない、誰もが当然にして得てきたものを俺は全く得てこなかった。誰もが当然にして味わうべき楽しみや喜び、悲しみすらも経験していないし、人の愛し方さえ知らない。

俺の人生設計は完璧に近い。だが、色味がない。設計図としては申し分ないが、その絵はモノクロであり、夢も希望もない。そんな俺の人生に彼女は半ば強引に色を足した。モノクロで殺風景だった絵が、カラーに変わることにより鮮やかに輝き始めた。

俺は他の人が経験できないようなことを君に伝え、「難しい」ことを君に教える。
君は普通の人が経験してきたであろうことを俺に伝え、「当たり前」のことを俺に教える。

これからも、そんな愛情たっぷり叱ってくれる大事な人と一緒にいようと思う。

そして、俺を大事にしてくれる仲間も増えた。
ずっと大事にしてくれる仲間がいることも知っている。
苦しかったけど、今日まで生きてきて良かった。
明けない夜は無いし、春が来ない冬もない。
月並みな言い方だけど、自分に関わる全ての人を少しでも幸せにしたい。

「俺たちは変わったよ」
だけど、どんなに嫌な経験したって、どんなに裏切られたって、誰かを想う気持ちだけはピュアでいたいと思う。

今年もお世話になりました。
26歳の1年もよろしくお願いします。


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