蘇る十字架

「息子悩んでいる」母から相談3日後も体罰

http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20130111-OYT8T00974.htm

大阪の高校生が体罰を受け続け、自殺した事件。部活内での出来事で部活の顧問から受けた仕打ち。ニュースを聞けば聞くほど痛ましい事件であり、これはもはや体罰ではなく、暴力だ。理由のいかんに関わらず、常軌を逸した暴力は罪に問われる。断じて許されるものではない。

こういう話をすると、体罰賛成か反対かについて問われるのだが、俺にとってはそれは愚問。原発に関する賛否や、核兵器保持に関する賛否を問うてるのと大して変わらない。時と場合に応じて最善を尽くすべきであり、ケースバイケースであるものだ。

しかし、俺が考えていることは体罰についてではない。被害者の方が、部活動から逃げられる環境にあったかどうかという問題だ。
いじめ問題にも通ずるが、被害を避ける方法は「逃げる」ことだ。学校へ行かない、部活動を辞めるなど。この場合、客観的に考えれば部活を辞めたら済む話なのかもしれない。
とはいうものの、現実はそうもいかない。仲間への裏切りに感じてためらうかもしれないし、上の記事にあるように進路への影響を懸念するかもしれない。逃げたと周りに思われるのが怖いかもしれない。親や教師から圧力がかかるかもしれない。はたまた、学校の制度がそれを許さないかもしれない・・・。

いつかこんな事件が起こることは、予見できたはずだ・・・。

今さら6年も前のことをあれこれ言うつもりはない。当時、時を共有した人間だけが、それぞれの主観で記憶していればいい話だ。今さら俺はヒーローにも悪魔にもなるつもりはない。俺には今は今の生活がある。過去のことで今ジャッジを仰ぐつもりもない。

ただ、老婆心ながらかつて世話になった母校に忠告を申し上げるならば、事が明るみにならないうちに必要な改革は済ませておいた方がいい。もしこれを読んでる現役静高生がいたら、かつて学校を変えようと立ち上がったが、志半ばに倒れた男がいたということを知って欲しい。そして、今自分たちが何をしなければならないか、正面から向き合って考えて欲しい。

いつか言ったよな?「俺の過去なんて、そんなに誇れるもんじゃない」って。
問題点を見抜き、それを解決するために、たった1人で立ち上がる。孤軍奮闘するが抵抗勢力に対抗できずに敗れ、志半ばにその生涯を終えた。俺はそんなヒーローを描き、自分をマインドコントロールし、自分自身すらそれを信じ込んだ。周囲の人間の記憶をも書き換えようとした。少しは成功したかもな。
でも、俺はそんな素晴らしいヤツじゃない。何のためにあんな政策を掲げて立候補したのか。今になってそれを思い出した。

大阪の事件が思い出させたのは、俺の政策の正しさじゃない。かつての俺と決別を決めた本当の理由だったんだ。
古くからの読者なら気付いているはず。俺の言動が大きく変わったことを。
「ニューヨークのイケメン弁護士になる!」でデビューし、どんな手段を使っても最高のステータスを掴んでやる!と息巻いていたfqt。
「身の程にあった俺だけの幸せを手に入れるんだ!」と、自分のものさしで自分の幸せを決めようとするDavy。
感謝はするし、認めはするが、俺は昔の俺が嫌いになっていたんだ。俺が失脚した原因を自分で悟った時に、fqtとは決別しないといけないと思った。

欲しかったのは、権力だったんだ。既存のヒエラルキーをぶち壊し、新たなヒエラルキーと秩序を構築することで、そのトップに君臨しようとしていたんだ。今はもう処分したが、その新たなヒエラルキーを描いた組織図がある。もちろん、高校のトップになるのが最終目的じゃない。あくまで実験場だ。その規模を段々大きくし、やがては国のトップを取ろうとしていたんだ。当時のメモを見れば、選挙の出馬予定年齢なども書いてあるはず。残念ながら、上京する時に全て処分してしまったが。

「上見て歩くな、前見て歩け」というのも、この時の教訓。機首を上げ過ぎてバランスを崩し、そのまま墜落してしまったというわけさ。
まるで角材持ってわめき散らすだけの学生運動みたいだね。戦略も無い、対案も用意していない、実行できるだけの材料もない。そんな無責任極まりない男だったというわけさ。

だから、幸せになれなかった。どれだけチヤホヤされても、どれだけ顔が売れても、いつもどこかに空虚な自分がいた。満足できてなかったんだな。
今?周りにいるヤツも随分減ったし、何の実績も残せないし、俺を知る人間などいない。でも、幸せなんだ。自分にとって何が欲しいのかがわかり、何が幸せかよくわかっているから。他人に決められた基準でなく、自分だけのものさしを持って動けているから。

それに今は責任ある大人になれていると思う。戦略をきちんと立てられるようになったし、反対する際にはきちんと対案を用意するようになった。実行するには何が必要なのかもわかっている。自分の立場を犠牲にしてでも、周りの連中の幸せに少しは貢献できる人間になれているんじゃないかと思う。自分を客観的に見られるようになった。

大学生活の前半は暗黒だった。fqtを超えられない自分に悩み、周りの人間と衝突ばかり繰り返していた。暗かったな。今思えば。
今なら言えるよ。俺はあいつを超えた。過去の残像に打ち勝った。これからは、新たな自分を作っていける。信じてる。

昨日のiDOL Streetカーニバル。楽しかった~!そして、考えさせられた。
3回目のコンサートの時のSUPER☆GiRLSメンバーの涙。さおりーぬの、何か言いたいけど言えない言葉が伝わってくる。散々強調してた「どうしようもできないこともあるだろうけど・・・」は、何か言いたいけど言えない環境に対する小さな抵抗なのか、俺たちに行間を読み取らせようとしたのか、本当に言葉が出てこないのか。青年館という場所がそうさせるのか、最近起こった出来事がそう思わせたのか、過去の自分と闘っているのか。クリスマスライブの時には、ライブ後のメンバーのTwitterに声を掛けられたんだけど、今回は俺も言葉が出てこない。言葉を使う仕事をしている、この俺が。

ただ、1つ言えることは、俺たちはブログを更新するように、日々を更新しながら生きている。
過去の記事は奥底に追いやられ、新しいものがどんどん追加されていく。
時が経ってふと過去の記事を見た時、クスッと笑える自分になっていたらいいなって思う。
昨日の自分に勝てるような、今日の自分になりたい。
時にはどうしようもなく大きな十字架を背負わされることもある。それに傷つき、苦しみ、長い間、傷を抱えて生きていかなくてはならないかもしれない。
俺は断言する。その十字架こそが、新たな自分を作るための大きなターニングポイントなんだって。
十字架の姿が見えなくなった時、自分でも想像できないくらい素敵な自分を手に入れられている。
だから頑張れよって、いいことありますようにって、過去を乗り越えようとしている自分に言ってやりたい。
過去を乗り越えようとしているキミにもね。

今日も美味いメシ食べて、少しでも長く笑っていられるように、頑張るか。

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