結婚できない男

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某友人の薦めを受け、昔やっていたドラマ「結婚できない男」を見てみた。阿部寛が主演ということもあり、ストーリーも面白く、(ついでに言えばドラマに出てくる犬が実家の犬と同種のため)一晩で全12話見てしまった。それだけ、面白かったし、主人公が自分にそっくりだと思えて妙な親近感を覚えたものだ。

今日は、「夏の終り」にそんな話をしようじゃないか。

http://files.davystyle.com/summerend.mp3

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特にここ最近、俺は絶対に結婚しないと心に決めている。相手が現れないということもあるが、理由はそこじゃない。それは、今始まった問題ではない。
自分のことを更に深くわかってきているからだ。
俺はとことん他人に頭を下げるのがイヤな性格だと、つくづく感じている。挨拶とか感謝の意を示す時の「頭を下げる」は全く問題ないのだが、理不尽なことで反論できずに「頭を下げる」ことがどうもできないみたいだ。

守秘義務を破らない範囲でしかしゃべれないが、今コールセンターで保険の資料請求や問い合わせの窓口の仕事をしている。ここ数週間、キャンペーンを打っているせいか、従来とは違う客が電話をかけてくる。もちろん、大多数はまともな人だ。2割くらいはいい人、7割くらいは普通の人。でも、1割。俺をとことん不快にさせるような嫌な客なのだ。会社のクレームを言うなら代理として頭を下げる余地はあるが、俺個人への個人攻撃をしてくるような輩だ。持病がある人向けの保険の回線にかかってくるので、心の中では「頭に持病がある大馬鹿野郎」だと俺は捉えているが。仮にプライベートで同じようなことされたら、俺は黙ってはいないだろう。「なんだ、この野郎!」とつっかかっていくに違いない。駅員やってても、そこまではいかなくてもそれなりに嫌な感じを出すだろう。現に、突っかかってきた客に対し、「あ?何なん?」って眉間にシワを寄せて言ったこともあるくらいだし(笑)でも、コールセンターの仕事は、通話を録音されているし、こちらから物を売ろうとしているので、突っかかるわけにはいかない。どんな理不尽なことを言われても、感情を取り乱さず頭を下げなければいけない。これが、たまらなく嫌なのだ。

そして、これも詳細は話せないが、実家の方で親戚関係でトラブルを抱えている。こちらは俺にはどうすることもできない。ただ、話を聞けば聞くほど不快になってくる。親からは結婚のめんどくささについて聞かされてるし、母なんかは仮に俺が結婚しても同居はしないと数年前から宣言しているほどだ。ちなみに、言っておくが嫁姑問題ではない。ウチの家族内は、仲良く平和に暮らしてる。だからこそ、家族の結束を壊したくないし、今度は俺が守る番だと思っている。

この2つの事柄、全く違う所で起こっている関係ない内容ではあるが、俺から結婚する意欲を奪っている。正直言って、将来孤独になるよりも、人間関係のトラブルに巻き込まれながら暮らす方が俺はイヤだ。もちろん、ハッピーな要素も多いことは事実だけど、俺はプライベートまで他人に気を遣いながら生きていたくない。せっかくこの世に生まれてきて、楽しくできるチャンスがあるんだったら、俺は自分の好きな人とだけ付き合っていたいし、好きなことだけやって生きていたい。

ドラマの中での主人公のセリフに、「結婚なんかしたら、妻と子供と住宅ローンの三大不良債権を背負わされる」というものがあったが、俺もそう思う。他のよくあるドラマでは、結婚をハッピーな感じで描くものが多いが、本当にそうだろうか?「夫の小遣い、月3万円」とかよく見かけるが、そもそも「小遣い」ってなんだよ!って俺は思ってしまう。もし、俺の嫁が「小遣い」とか言い出したら、俺は相当激怒するだろうね。俺の稼いだ金だ。それをいかにも、上から給付してやるみたいに言われたら、腹がたつ。それに、必死で稼いできて、昼食代も込みで自由に使えるカネが月3万なんて、今の俺の生活以下だ。冗談じゃない。

実家で、俺が家を建てようと考えている話をしたら、「結婚もしていないのに・・・」と言われたが、俺はそれは違うと言い返した。俺は、俺の理想の家を建てたいんだ。嫁の意向で左右されるなんて冗談じゃない。子供がいたら、リビングにワインボトルを並べてBARみたいにすることなんて、できないだろ?クルマだって、ファミリーカーにしなきゃならないし。2人乗りのコルベットなんて買えやしない。それは、俺の理想の生活じゃない。よく「思い描いた先に理想があるわけじゃない」と俺は言っているが、こればかりは思い描いた通りに創りたいものだ。

親の面倒は、責任もって俺がみる。もちろん、四六時中張り付いて介護するなんてことはできないが、公的サービスも活用しながらできる形で面倒みる。他のご家庭では「結婚しないなんて、親不孝だ!」と言われそうだが、俺の家の場合は、むしろ男女交際に否定的だったからその心配はしていない。仮に親が悲しもうと、そこだけは譲れない。そして、親戚関連。Fujinami家が今後存続するかどうか、100%俺が実権を握っている。俺が結婚しなければ、そこで終了。だから、親戚関連は俺に結婚するよう唆すのかもしれない。だけど、俺は首を縦に振らない。責められたら、言い返す。「あなたがたが俺の結婚する気を奪ったんですよ。恨むなら、過去の自分を恨んでください。」と。そこで、両親の無念を晴らす。それが、俺ができる唯一の仕返しだから。一生後悔すればいい。

怨恨うんぬんはともかく、俺は本当に、就職先が営業関連じゃなくて良かったな、とつくづく思う。先日、内定先の懇親会に行ったが、みなさんおとなしそうな感じで、体育会系のノリとか一切なく、俺も人間関係に気を遣わず落ち着いて仕事ができそうだと感じた。必要以上にベタベタしなさそうだし。あそこならやっていけるんじゃないかな。

生きていくには、それなりのリスクはつきもので、生きていくということはリスクの選択の繰り返しだろう。自分がどうしてもとりたくないリスクはどれなのか。許容できるリスクはどれなのか。今までの日本って、それがステレオタイプで決められているような感じがしたけど、今の動きを見ていると必ずしも画一的なものじゃないなと思える。

実は今日、コールセンターの仕事を休んだ。体調不良とか適当な理由つけて。今までどんなに体調悪くても出ていたのに。精神的に限界がきていたから。
俺、意外と「ちゃんとしなきゃ」という気持ちがあって、仕事でも素行でも完璧でなければならないと思う瞬間がある。優等生時代の血がまだ残っていたみたい。でも、そうじゃないんだよね。全ては俺の判断。俺の選択。勝手な思い込みで、自ら選択肢を奪うなんて、愚かなことだ。高校時代あれだけ言ってたのに、忘れてたみたい。試されていたんだと思う。「お前は、本当に、どんな状況でも自由を貫くことができるのか?」って。俺はやるよ。口だけじゃない。俺なりの自由を創ること。俺なりの理想を創り上げること。それが、俺が今後やっていくことだろう。

結婚「しない」選択。リアリティを感じる年頃になってもそれを貫けていれば、その時俺は本物の自由を手にしているだろうな。

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