PHEONIX

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かつて、剛速球だけで打者をねじ伏せる、大投手がいた。
そいつは、160km/h近いストレートを投げる本格派投手で、ストレートを磨くことだけにこだわっていた。
特に考えて投げなくても三振の山を築きあげることができた。ストレートだけでノーヒットノーランを達成した。
メジャーリーグに行くことを夢見ており、それを現実のものにした。

かつて、大きく曲がる変化球を武器に打者をねじ伏せる、名投手がいた。
そいつは、ストレートは遅かったが、多彩かつ視界から消える変化球を操ることにより、三振の山を築き上げた。
とにかく、よく曲がりよく落ちる変化球を開発することにだけこだわっていた。
スタミナは無いため抑え投手だったが、9回になると必ず登場し、3人で抑えて試合にピリオドを打つ投手だった。
彼は9球とも全くバットに当てさせず試合を終えたこともあった。

この2人の投手は同一人物だ、と言ったら、君は驚くだろうか。
前者は若い時の彼、後者は中堅になった頃の彼だ。

そんな男が晩年、こう洩らした。
「昔投げてたストレートはおろか、得意だったはずの変化球まで通用しなくなってしまった。」
明らかに引退を悟った顔をしていた。だが、そうもいかない事情も彼の周りに渦巻いていた。

君なら、彼に何を伝える?

彼は、自分を見失った。そして、暴れた。
連日連夜の飲酒。酒がないと眠れない身体になってしまった。得体の知れない恐怖が彼を襲う。このまま死ねればどんなに楽だろう。楽になれるクスリを探し回った。
コンビニでつまみを買ったあの夜。時計の針は零時を回っていた。交通量の多い幹線道路もこの時間になるとほとんど車は通らない。
歩道橋の中腹に差し掛かった彼は、月に向かって大声で吠えた。その叫びは周囲のビルに響き渡り、やがて遥か遠くへ消え失せた。

自分を失くして彷徨うこと1週間。そんな彼を見かねた世の支配者は、彼に魔法をかけた。彼の脳内に1匹の妖精が舞い降りてきた。
妖精は、彼の昔の記憶を紐解き、いくつかのフレーズを呼び起こさせた。その中の代表となるフレーズを紹介しよう。

「ボス、はっきり言います。今のボスは車で言うとロールスロイスです。業界も世間も認める高みにいます。でも、我々サラリーマンでも手の届きそうな190E小型ベンツになりませんか」

「ボクは27奪三振でゲームを終えるより、打ち取って27球で終えるのが理想です。」

「上にあるものを必死につかもうと背伸びして身体が伸びきった状態ではジャンプできない。高くジャンプするためには、一度小さくしゃがまないと。地面にケツさえつけなかったら、いつでもジャンプできる。」

暗闇のど真ん中で八方塞がりになっていたが、一筋の光が見えた気がした。そして、彼は後にこう語りかけた。
自分は、技巧派投手として最後にもう一花咲かせてみる、と。大したことない球でもコントロールを磨いてしっかり投げ込むことによって、三振は狙えなくとも打ち取ることを目指していく。そして、スタミナをつけたり力配分したりすることによって、長い回でも投げられるようにしておく。先発完投型でもないし、リリーフエースでもないけど、ロングリリーフを任されるような中継ぎ投手を目指す。
今まで、1人で野球をやってきた。自分が剛速球を投げれば、すごい変化球を投げれば、試合に勝てるんだと思い込んでいた。でも、捕手のことを全然考えていなかった。2階から落ちるようなフォークボールを後逸しないために、無理して身体を張って捕ってくれていた。剛速球を受け続けていたために、手のひらが腫れていたことにも気づいていなかった。これからは、捕手にも優しい球を投げ、バックで守ってくれている連中を信頼して投げる。そう心に誓ったんだ、と。

その姿は、まるで不死鳥のようだった。転んでも倒れても、どん底まできちんとしゃがんで再び戻ってくる。そんな男を見た気がした。

2度終わりを告げられたかつての大投手。最後に何を魅せてくれるのか、今から楽しみだ。

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