プロ学生

静岡に帰ってきて、やっぱりこの街は暖かいと感じる。Tシャツ1枚でも寒くない。天気も良いし、まさに五月晴れならぬ静岡晴れ。東京ももちろん晴れているが、静岡の晴れは最高に気持ち良い。なんか、どことなく爽やかなんだよね。俺が高校時代、授業をサボって海岸で昼寝をした気持ち、わかるだろ?(笑)

ただ一方で、この街ではもう暮らせなくなっているであろう自分の姿もある。Davyにはなりきれない、どうしても。どことなく中途半端だ。やっぱり、俺のヤドカリ論で言えば、この街は俺にとって貝殻としては小さ過ぎるのだ。

さて、先日、錦糸町でenshinoさんにお会いした。DavyStyleビギナーのために説明しておくと、enshinoさんはKO大学SFCに通う4年生。大学院に進むらしく、就職活動はされていないようだ。4年前、松下政経塾でお会いしたのがきっかけである。

詳細は17歳時に出版した本に譲るとする。

松下幸之助からのプレゼント
http://ameblo.jp/17smap/entry-10448581935.html

政経塾メンバーの中でもなかなかお会いすることがない先輩である。歳は2つ離れている。AKBで言えば、大島優子・小嶋陽菜・秋元才加などと同じ年齢である。歳は2つ違うけど、階級は7つ違う(笑)まさにそんな感じなのだ。俺にとっては、もう初めてお会いしてから随分経つにも関わらず、未だにお会いすると緊張する先輩。さすがに直立不動にはならないが。

だってさ、Davyってオラオラ系の親分肌的な感じじゃない?良く言えば。だから、末っ子の役ってやったことないのよ。そもそもここからなんだけどね、緊張の要因は。enshinoさん自体は、人間的にも素晴らしい人だし、物事をよく知っているし、政経塾メンバーのリーダーをやるのに最適な人なんだけどね。Davyの人間性の未熟さが問題なんですよ、enshinoさん関係でトラブルが起きる時は(笑)。

さて、俺はTwitterにこんなことを書いたんだ。それに対するenshinoさんの返信も。

D

  • というわけで、今日は@enshino さんと食事&トーク。やっぱりプロは違う。学生にアマ・プロあるとしたら、彼は確実にプロの学生。かなり器用な人だと思う。
  • E

  • 素直に嬉しい&学生のプロ性のことをさらに聞きたくなった。 RT @dailydavy というわけで、今日は@enshino さんと食事&トーク。やっぱりプロは違う。学生にアマ・プロあるとしたら、彼は確実にプロの学生。かなり器用な人だと思う。
  • D

  • でも、もう尊敬だけでお話することは無くなった。+α俺も何か提供できるものがないか、対等に何か話ができないか、食らいつけるようになった気がする。彼に近付けたとは思わないが、俺は俺の世界で段々成長できたのかもしれない。
  • E

  • @dailydavy たぶんね、やっぱりあなたは成長したと思うし、僕には無いものを持っている点で素晴らしいと思うよ。大学生同士、土俵を同じにして語れる時期だね。また行きます。
  • 泣ける話だよ、本当に。なんか俺が書くと安っぽくなりがちだけど、こうやって自分を遠くから見守ってくれている人がいる。

    Davyは才能には恵まれなかったけど、人間関係にはものすごく恵まれていると思う。傍から見れば、「Davyはいつも1人でいるし、ケンカばっかりしているし、友達いないのかな」と思われているのかもしれない。確かに、俺は一般的な学生のように、いつも誰かと一緒に行動したり、常に笑顔で話をしているわけではない。単独行動が多いし、かなりの口下手である。いつも怖い顔して街を偉そうに歩いている。でも、俺はかなり満たされていると思っているよ。いつも一緒にいないからこそ、「あれを話そう」「あんなことを伝えよう」と色々思い、共に行動する時間を密度の濃いものにしようとする。いわゆる、遠距離恋愛みたいなヤツかな。

    多分、それは俺は自分の人生が短いと思っているからだね。食生活も悪いし、手相を見ても生命線が短い。そんなに長生きするタイプではないと思う。生命的な意味においても、何かの役割的意味においても。だから会長だって2ヶ月で辞めたと思っているくらい(笑)だからこそ、一瞬にマジになって熱く生きていたいなと思うんだ。だからこそ、激しく何かを言うし、ケンカだってする。好きなものができると、それを熱狂的に愛する。死ぬ時に、「我が人生に悔いなし」と言って死にたいからね。どうせ悔いは残るんだろうけどさ。

    話が脱線し過ぎた。戻そう。
    学生でもプロ・アマがあるという話だ。実を言うと、俺のこのツイート、確固たる基準を持たないまま書いてしまった。でも、やっぱりenshinoさんのツイートの数々を拝見する限り、なんとなくプロの学生だと思うのだ。だけど、「なんとなく」では困る。だから、ここで整理することにした。

    はじめに断わっておくが、俺はenshinoさんのご機嫌をとるためとか、社交辞令とかでこういった褒め言葉を使ったのではない。俺はそういう下手な愛想は嫌いだ。滅多に人を褒めないのがDavy。それを前提として。

    最近よくこの言葉を使う。

    「与えられたランチを全て食べて褒められる生活はもううんざりだ!」

    これは高校時代からのDavyを追っている人にとっては説明不要の話だろう。先生に言われたこと、組織に与えられたもの、そういったものを全てこなしたことを称賛されるのはこれっきりにしてくれ!と言った話なのだ。例えば、高校で先生から言われた宿題を全てやったり、使いもしないのに全ての科目にまんべんなくマジメに取り組んだり、大学では授業に毎回出席してノートをキレイにとって、基準のよくわからない評価の成績でAだのSだのA+だの高成績を取ることを生きがいとしているようなこと。こういう人を否定するのではない。単純に、俺はもうこういう生き方はしたくないという話だ。中学まででそれは終わった。

    そもそも、自分の評価を他人のものさしでしてもらいたくない。もっと言えば、他人が自分を評価するのは勝手だが、その結果はいちいち本人に伝えるなという話である。俺は俺の世界で、自分のものさしだけを頼りに生きていく。放っておいてくれって感じだ。

    今のDavyはこんな感じ。
    「与えられたランチの中で好きなものだけをつまみ食いし、足りなければどこかから盗んでくる生活。」

    そして、enshinoさんはこんな感じ。
    「ランチそのものを自分の手で創り、それをキレイに食べる生活。」

    これがプロなんだ、本当は。俺もそれを憧れていたが、あまりにもクリエイティビティ(創造性)が無さ過ぎて、断念しつつある。これができるのが、学生の「プロ」だろう。

    もっといえば、enshinoさんは学問そのものを楽しんでいる。それ自体が好きで、深く追求しようとしている。学生のあるべき姿だと思う。
    一方、Davyは学問は単なるツールに過ぎないと思っている。自分の生活が第一で、大学生活は「社会人仮免許を持ちながらモラトリアムを楽しむ期間」と思っている所がある。Davyは下品でスケベなんだよ。もちろん、「スケベ」とは性的なエロいという話ではなく(その点ならenshinoさんの方が上だと思う(笑))、リターンをすぐに求めたがるというか、学問の果実の部分だけを求めたがる傾向にある。
     

    実際の生活、サバイバルとしてはDavyの方が正しいかもしれない。でも、「学生」という点で行ったら、どう考えたってenshinoさんの方が正しいに決まっている。それを形式的な真面目なだけでなく、本質的にも真面目だから頭が下がるのだ。

    だいたい、教育において子どもたちのコミュニケーション力を向上させるためには・・・と真剣に考え、実際に今でも現場に入り、様々な活動をし、行政的なアプローチも・・・とできる学生がどれだけ日本にいるんだ?偉そうに語る学生はいくらでもいる。でも、最終的には就活塾に入ったり、「企業に認められるための」能力や資格を身につけたり、ゼミでコネクションを狙おうとしたり、結局皆保身しか考えていない。「いい大学に入り、いい会社に入って、何事もなく定年を迎える」人生を送ろうとしている輩がどれほど多いことか!

    Davyは実を言うと、金では動かなくなった。俺の基準はただ1つ。「ロックであるか、そうでないのか?」一見くだらないようであるが、実は俺にとってはかなり大事なこと。いつまでも大衆に群れずに突っ張っていたいわけよ。そのために、どんな形のキャリアを形成すべきか日々考えているわけ。第3極的な考え。

    ナルシストに思われることを承知で書くが、いつまでも俺はDavyに恋していたい。誰の基準でもなく、俺のものさしで「カッコイイ」と思えることをずっとやっていたいんだ。enshinoさんにしても俺にしても理屈っぽい所はあるけど、Davyの最終決定権は自分の感情のフィルターだからね。だから、自分がカッコよくあるためには、日本を変えていく必要があるし、金だってある程度稼ぐ必要がある。そんなもんさ。

    enshinoさんに認められたというのは最高に嬉しい!でも、実際にお会いした時に言われた「丸くなったね」は、チョットばかり寂しさを感じた。もちろん、褒め言葉で言って下さったとは思うが、自分の中では「いいのかな?」という思いがある。

    ビールのCMであったよね。「丸くなるな。★になれ。」というフレーズ。あれは最高や!俺はあれを心に刻んでいる。

    Davyのために苦し紛れに弁解させてもらうと、きっとfqt時代と比べて尖る所が変化したのかもしれない。直接のケンカはしないけど、やっぱり突っ張っている所はある。

    いや、それ以上にDavyが手に入れたものがあるんだ。

    「自然の力を利用する」事さ。

    川の流れのように。ゆるやかに、穏やかに。それは決してレジスタンスと対極なものではない。

    鳥って、地上から飛び立つ時は、羽をバタバタさせて飛ぶけれど、ある程度の高さまで行くと、そんなに羽を動かさないよね。トンビとかタカとか、羽を少しを動かさずに、実に気持ち良さそうに空を散歩している。それは、上昇気流という自然の力を利用しているからだという話を聞いたことがある。

    今まで俺は無駄に羽をバタつかせていたのかもしれない。だけど、今のDavyは自然の力をつかまえて利用することができる。そんな男になれたんだと信じたい。

    それにしても、「川の流れのように」。素晴らしい曲だ。曲調も良いが、歌詞が最高だ。かなり昔の、まだ俺が生まれる前のものでありながら、時代はかなり変化してきたが、この歌詞はちっとも色褪せない、普遍的なものである。これを書いた秋元康さんは本当に天才だと思う。AKBの曲でもなかなか唸らされるような歌詞がたくさんあるしね。ぜひ一度読んでいただきたい。
    http://davystyle.com/files/riverstream.pdf

    enshinoさんが俺に与えてくれたモノ。それは、間違いなく「絶望」だろう。
    この人には勝てない。同じフィールドにいる限りは勝てない。そう俺に思わせた、数少ない人だ。

    だから、俺は俺独自のフィールドで勝負することにした。それがこのセリフに繋がっている。
    「俺は俺の宇宙で楽しませてもらうぜ」

    あと、俺はもう上を目指すのは辞めた。上を見て生きていくのはやめた。
    前を見て生きていこうと思う。真っ直ぐ、前だけを見て生きていこうと思う。
    きっと俺がこれから進む道は険しい登り道。それを頑張って登っていれば、いつかきっと「坂の上の雲」を掴めるんじゃないかな?

    俺は、俺のやり方で。

    そうやって、自分の好きなようにやるには、本当の意味での「独立」が必要だ。組織に依存していては自由な言動はできない。それは田原さんも言っていた。フリーであるからこそ、何でも言えるのだ、と。だとしたら、俺はいずれ独立しなけらばならない。

    今度お会いした時には、今後のこととかもっともっと語り合いたい。器用なenshinoさんと不器用なDavy。かなり見物だと思いますよ。

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