この場所で、もう一度。


9ヶ月ぶりに書いていた記事を捨てて、1からやり直す。
久しぶりの挨拶は、後回しにさせてほしい。

この場所に戻ってくる意味を、改めて実感することができた。
俺はこの場所で、陽の当たらない場所で君たちにメッセージを送り続けていきたい。

「いじめ」について取り上げられた番組を見た時、自分の小学生時代を思い出して涙が止まらなかった。
小学2年生の時、俺はいじめにあっていた。
クラス中から無視され、発言すると否定され、校庭を歩いていると後ろから傘で突き飛ばされ、自分のカバンをトイレの便器に流された。
親に相談してもまともに取りあってもらえず、教師も頼りなく、1人で抱え込んでいた。
学校に「行かない」という選択肢すら許されなかった。それを許してくれる親ではなかったし、当時の俺は優等生だったため、周囲の期待を裏切るようなことは許されなかった。

社会人になってからも似たようなことは起きた。言質をとられたくないので詳細に書くようなことはしないが、前回の記事の続きの話はここにたどりつく。いじめに近いようなものを受け(正確に言えば、小学2年生当時と境遇が似ていたためフラッシュバックで悩まされた)、人生で初めて心療内科という所に通い、結果的に職場を追われることになった。これが、今言える範囲での真実だ。

カッコ悪い人生だ。大人としても、男としても、情けない。俺は弱い人間だ。
結婚もしたが(この経緯もまた後日)、正直、世間一般で言われるような華々しい新婚生活ではない。お互いが目をハートにして相手を見つめるような生活とは程遠いということだ。いざこざやトラブルだって絶えない。
真っ直ぐ主流を歩きたくても、路地裏を彷徨い続けている。所詮はUNDERGROUNDな人間なんだ。

「幸せだとは言わないが、不幸ぶるのはガラじゃない。」

そうなんだ。だからといって、ふさぎ込んでいるわけじゃない。
胸に刻んだ「UNDERGROUND FOREVER」。俺はずっと亜流でありながらも、胸を張って生き続ける。そんな「何をやってもうまくいかず、陽の当たらない場所しか歩けない男」の生き様を見て、知って、感じ取ってほしいと思って、ここで言霊を発信し続けていたんだ。
そう思った時、この場所に帰ってきたいって、本気で思えた。

日々の生活に追われて、ブログという場を通じて語ることを怠っていた。せっかくブログを始めて10周年を迎えたというのに、何一つしてこなかった。
ここで何かを語る意味を見失いかけていたのかな、と思う。今さら誰も見ていないだろうし。

だけど、そうじゃない。高校卒業の時にもらった、見知らぬ誰かからのメッセージ。
俺の生き様を見て、いじめられていた自分の励みになったという、嬉しい言葉。
今日、もう一度読み返した。そして、思い出した。今やらなきゃならないことを、必死でやろうって。

俺の素晴らしい優秀な友人たちのように、仕事でもバリバリ成果をあげ、理想の結婚をし、世間一般の憧れとなるような王道を歩ける人間はいい。そんな友人たちを紹介する度に妻は、「なんであなたの友達は、背が高くてイケメンでしっかりした人たちばかりなの?なんであなたと友達になってくれたの??」ってイヤミを言うくらい。その度に俺は彼らにやっかみを感じ、僻み、卑屈になっているわけだが(笑)彼らは称賛される生き方だ。

でも、俺は違う。頭だって良くないし、説明するの下手だし、仕事においても家庭においてもその他のことにおいても器用にこなせるわけじゃない。人とだってうまく付き合えるわけじゃない。立食パーティーみたいなところで、進んで話しかけていくことができないくらい、いわゆる「コミュ障」ってヤツだ。また、王道を歩くのが好きじゃない。ステータスを得ることがいつの日からか嫌いになってしまった。

俺ができるのは、そういう俺と似たような境遇、つまり何をやってもうまくいかなかったり落ち込んだりしている連中に、そんなヤツでも人生捨てたもんじゃないってことを伝えることかな。「バカだな」「不器用だな」って俺の事笑いながら、「こんなヤツに比べたらまだまだ自分、やれるよな」って思ってもらえたら最高だ。だから俺は上から語りたくはない。下から変に持ち上げるような語り方もしたくない。同じ目線を気取っていたくもない。勝手に、自分が思ったことだけを、正直に語っていく。俺は俺の生き方で、偽善者としてやらせてもらう。それが俺にとって「生きる」意味だから。このサイトでは、「UNDERGROUND」な連中と、ちょっとしたパーティーを開けたらそれでいい。

決して王道になることなく、UNDERGROUNDな世界で、永遠に。
11年目も一緒に楽しんでいきたい。

この場所で、もう一度。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です