カッコイイは、正義だ。

震えるような季節が訪れる。
震えていた季節を遠ざける。
イルミネーションに1人心奪われながら家路を急ぐ季節が、再び訪れた。

高校3年の冬。
俺は急いでいた。信号無視を重ね、駿府公園の横を自転車で飛ばしていた。高校まであと少し。校舎の一部はなんとか見える。このまま突っ走れば、ギリギリセーフ。しかし、長谷通りの交差点には青い制服を着た婦人警官が笛を吹いていた。
「チッ!今日も遅刻かよ。」
俺は舌打ちをし、交差点直前で自転車を停めた。昨日も遅刻をして、担任から注意を受けている。さすがに2日連続での遅刻では、何を言われるかわからない。それならいっそのこと欠席をしようと、学校を目前にして進路を変えた。

 とにかく南へ走った。家に引き返しても母親に不審がられるだけだ。俺には学校をサボる時、決まって行く場所があったのだ。150号線を超え、潮風に導かれるように海岸へ向かった。階段の入口に自転車を停め、砂浜を静かに歩く。どこから流れ着いたのか、流木が散乱している。俺にはお気に入りの流木があった。いつもはそれを枕にして砂浜で昼寝をする。照りつける太陽と涼しい海風。眠りの世界に入るにはこれ以上の素晴らしい環境はない。波打ち際近くのその流木のある場所が、俺の指定席だった。

小説「デビルライン」の一節を少し改変した。

そう、あの日も俺は海を見ていた。海なんて、サラリーマンになった今でも、しょっちゅう見に行く。特別なことではない。
だけど、あの日見ていた海の景色を、22歳の俺は見ていなかった。本当の自分を捨てて、世の大多数の流れに染まるように生きようとしていた俺は、学生服のまま砂浜に寝そべっていたアイツではなかった。どこかで道を間違えたみたいだ。

毎年、誕生日を迎えるごとに、心に残るフレーズを残してきた。
「『この男と同じ時代に生きられたことを、誇りに思う。』そんな男でいたい。」
「もう俺だけの夢じゃない」
「UNDERGROUND FOREVER」
「事実だけが伝説を創る」

今年はどんなフレーズを生み出そうか。そんなことをずっと考えていたけれど、何も思いつかない。自分の頭で物事を考えない男に成り下がっていたのだ。

ここの読者は優しい。フォロワーは優しい。本当に素敵な仲間だ。
でも、そんな素敵じゃない奴等ばかりの世界に放り込まれて、俺は自分で何かをプロダクトすればするほど傷つくようになった。そして、傷つくことがイヤで、自分でプロダクトしない人間になってしまっていた。

今ならまだ遅くないよな?Davyに戻れるよな?
俺は今、どこからやり直そうか真剣に悩んでいる。この1年、手に入れたものもたくさんあったけれど、失ったものがあまりにも大きすぎて、どうしていいか、というよりどうしたいのかすら見えなくなっている。

でも、これだけは言わせてほしい。決して無駄な時間を過ごしてはいなかったってことを。サボってきたから失ったわけじゃないってことを。

夢中だったんだ。目の前のことに。
夢の中っていうのは、辺り一帯を霧が包んでいて、周りがよく見えないんだ。
「夢中」とは「霧中」なんだ。
せっかく光が差したと思っても、それは逃げ水のように追っても追っても近づけない。俺の所から遠ざかっている。
目の前の坂を上りきったと思っても、そこは頂上ではなく、その向こうには大きな山がそびえ立つ。
「井の中の蛙、大海を知らず」とはよく言われるが、本当に大海を知る必要があるのだろうか。世の中で定められたものさしでしか物事を測ってはいけないのだろうか。

カッコ悪い話ではあるが、俺はカッコいい男になろうとしてきた。誰に決められるわけでもなく、俺だけが自分の基準でカッコいいと思える男になろうとしてきた。誰にも邪魔させるつもりはない。
やってきたことは間違ってはいなかった。現に、カッコいいと思える暮らしができているし、新卒1年目で金が無いながらも、なかなかクォリティの高い生活ができているのではないかと思う。「芸能人の私生活に迫る」みたいなコーナーを俺で作ったとしたら、なかなかいい作品に仕上がるんじゃないか。
だけど、目的が悪かった。ヨコシマな気持ちが入っていた、いや、ヨコシマな気持ちだけでやってきたのかもしれない。だから、空虚なんだ。何も残らない。認めてほしい人に認めてもらえなければ・・・などとつまらぬ考えで走ってしまったのだ。

・・・だとしても、俺は胸を張って言っていたい。

「カッコイイは、正義だ。」と。

「神々は破滅させたい人間をまず“前途有望”と名づける」

10年前の俺は、間違いなく「前途有望」と名付けられた。年寄りは俺を評して「末は博士か大臣か」などと冗談めかして言ったものだ。俺はその期待に応えようと必死だった。その期待に応えるために、年頃の人間が経験していなければならない青春も欲望もほとんどを捨て去った。捨て去ったつもりだった。でも、ほんのかすかに残っていた欲望が、もしかしたら俺の運命を変えてしまったのかもしれない。「前途有望」と呼ばれた過去はどこに消えたのか。気が付けば、世間様の中に埋もれてしまった。同世代の連中がしてきたような経験も知識も全くないまま。ガラパゴスもいいところだ。

前途有望でなくなったことは、誰よりも俺自身が最も早く気付いていた。このままでは自分の存在意義すら危うくなると悟った俺は、虚像をでっち上げることにした。俺がギリギリまで手を伸ばしたその1ミリ先にある自分を作り出し、うまい具合に投影することに成功した。それがfqtであり、Davyだった。世間に嘘をついて暮らしたいわけじゃない。思い描いた通りの自分になりたかっただけなんだ。fqtの影を追い、Davyの影を追い、ひたすら追っかけ続けることで追いつくことができたように思う。

いつのまにか、すりかわっていた。自分とDavyが。Davyとして人に会う時が本当の自分。本名で人と会う時は創り出した自分。会社では当然後者。だから、開いているようで、ずっと心を閉ざしている。自分の本心は言わない。サラリーマンとしての処世術かもしれない。危ない橋は渡らない。

会社にいる時だけそうであればいい。セパレートできればいい。でも、だんだん侵食してきているのを感じる。押し寄せるんだ。仮面を被った俺の姿が。魂を乗っ取られているのかもしれない。怖いんだ。このまま自分を失っていくのが。

・・・こうやって書くと、いかにも暗い生活になっているように受け取られるかもしれないが、意外とそうでもなかったりする。
もちろん、今も幻影と闘っている。見えない敵との戦いだ。「カッコイイ自分になろう」と始めた行動も、その目的は別にあったのかもしれない。だけど、その習慣すらも今の俺に馴染んできて、そのことすらを楽しめている。ナルシストに聞こえるかもしれないが、意外とカッコつけてる自分に酔って楽しんでいるところがある。「まだ20代前半なのに、高級ホテルのBARに1人で行ってる俺」「残業した後でも、バイクでアクアライン暴走して、海ほたるで夜の海見つめている俺」「有楽町の某百貨店でカッコいいジャケットを買って、それを着こなしている俺」「夜景のキレイな場所で、美しいバラードに合う歌詞を考えつく俺」時々、俺自身が惚れそうになる俺がいて、そんな俺に恋している瞬間がある。しかも、これらを自慢するわけじゃなく、さも日常生活の何気ないシーンであるかのようにしゃべるところがまたいい。ホントは頑張って背伸びしているだけなのに、あたかも俺のビューティフル・ライフのように、そんなオーラを身にまとっているところがいい。なかなかうまくプロデュースできたな、なんて思う時さえある。

今年1年、恋をレバレッジに背伸びをして、色んな「○○な俺」が手に入ったけど、23歳の1年はそうじゃないレバレッジでも「○○な俺」をたくさん作り出せたらいい。いくら素敵な人間になったところで、手に入らないものは手に入らない。むしろ、素敵な人間になることにより、プライドが邪魔して欲望を実現できないことすらある。それでも、もし俺の使命が一生をかけて自分が素敵だと思える姿を創りあげることだとしたら、世の中の大多数が考える幸せに背いてでもやってみたいような気がする。

俺がこれから進もうとしている道は、間違っているかもしれない。間違えたら、また戻ってやり直せばいい。今の俺はどこまで戻り、何を継承したらいいか見出せずに悩んでいるが。それもまた素敵な人生かもしれない。

カッコイイは、やっぱり正義だ。

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