失われた青春と取り戻した青空


サラリーマンになってから初の凱旋。変わり果てたこの街でふとため息をつき、「悪くないんじゃねーの?」と空を見上げる。
私人としての俺なら帰って来れるけど、Davyとして帰ってくることが許されない街、静岡。好きだろうが嫌いだろうが関係なく、俺はこの街で生まれ、この街に育てられた。

今日のBGMはこれでいこう。

運命だったのかな?高校生の頃「死にたいくらいに憧れた花の都・大東京」に、今は自分で生計を立てる身としている。それも、東京の中心の中の中心。日本橋という街にね。
いつだったか、「日本橋で働きたい!」と口にしていた時期があった。その頃行きたかった企業はウチの会社じゃないんだけど。でも、その会社に入りたいってよりも、日本橋の街に魅せられたんだよね。上京して初めて自転車で行った街だけにさ。あの街が持つ独特のオーラは、いくら再開発の手が入ろうとも普遍的なものなんじゃないかな。毎朝の通勤で、日本橋駅について人ごみをかき分けて降りる時、ある種の優越感みたいなものを感じている。小さい夢だし、望んだカタチがどうか定かじゃないけど、叶ったんだよね。

4年前、追われるようにして静岡の街を出た。大学進学というかなり必然的なものであり既定路線であったものの、当時の状況を考えると出て行かざるを得なかったのかな、という感じがする。例の騒動だけじゃない。静岡という街が俺について来れなくなっていたんだ。言い換えれば、静岡の中で俺はかなり浮いた存在になっていたわけだ。ヤドカリが身体のサイズに合わなくなった貝殻を捨てて違う貝殻を求めるように、俺のサイズに合った街を求めていたのかもしれない。サングラスをかけて歩ける街を求めていたのかもしれない。

今日(5/5)は、サラリーマンになって初の株主総会。俺と同じくこの春に金融マンになった2人に会ってきた。それぞれ苦労している。俺も、彼らも。だけど、それなりに楽しんでいるんじゃないかな。一番楽しんでいるのはDavyだと言われたけど(笑)まぁ、俺だって色々あるんだよ。だけど、せっかく笑える材料があるんだから、とりあえずそれを探して笑っておこう、的な?

最近やってるこのCM。今の俺はこんな感じだろうか。

所さんの世田谷ベースで録られたCM。
「行きたい所行って、
 作りたいもの作って、
 乗りたいものに乗る。」

「やりたいこと、やろう。」

単純なメッセージなんだけど、実はかなり深い。社会人になってから、特に痛切に感じる。
「自分は、本当にやりたいことやれているんだろうか?」
4月最初にぶち当たったテーマ。もちろん、仕事に関しては右も左もわからず、何がやりたいのかすら見えていない状態だから別に構わない。だけど、せっかく社会人になったんだ。自分で稼いで、自分で食べて、自分で生活を自由にマネジメントできる立場にあるはずだ。それなのに、学生時代よりも窮屈でどうするの?と。

その問題の解決が、今の俺を生み出してくれたんじゃないか。CMの所さんのセリフと同様、行きたい所行って、作りたいもの(後述)作って、乗りたいもの(バイク)に乗る。そして、言いたいこと言って、好きなように振る舞って、女の子に恋をする。どこかで「こうでなければならない」自分を解放したことによって、色んなものを余裕もって見られるようになった。「新入社員らしくない」は、俺にとって最高の褒め言葉。俺に初々しさなんていらない。恐縮して遠慮して自分見失ってるなんて、カッコ悪い。別に特に出世願望が強いわけでもないし、「ミスをしない」俺でいる必要がない。誰かに評価されて生きるのは、学生時代で卒業したつもりだ。ミスをしないように縮こまっているより、いかに有益なプロダクトを生み出すか。俺はそっちを考えたい。クリエイターが失点を恐れていて良い作品が生まれるわけないだろ?ミスはするよ。ダメな所もいっぱいある。でも、それでも、それを上回る何かがある。俺はそんな自分でいたい。

もともと変なヤツだけど、さらにその部分を強調しているフシはある。真面目な優等生が失言したら、それはエラーと見なされる。でも、もともと変なヤツが変なこと言っても、それは単なる「通常営業」。
昔、綾小路きみまろさんが言ってた。「(年取って)どういう人がボケないか。それは、もともとボケているような人だ。」と。
もちろん漫談だが、真理でもある。だからこそ、世の中のしきたりに無理矢理自分を合わせ込む必要はない。自分の美学に従えばいい。そして、そんな俺の姿を見た周りの連中が、同じように「自分らしく生きてもいいんだ!」って思ってくれて、それぞれが自分の美学に従って生きるようになればいい。そうやって、フリーな状態に置いておくことによって、独創的なアイディアが生まれるだろうし、結果的に仕事のパフォーマンス向上につながる。抑圧された環境下で作られた作品を受け取って、誰が幸せになる?日常レベルに落とし込めば、作り笑顔の店員を見て客は幸せになるかい?多少の落ち度はあっても、楽しそうに心からの笑顔で接客する人の所へ俺は行きたい。俺は体育会系の人間じゃなく、文化人だからこういう発想になるのかもしれないが。

挨拶について。某銀行の友人は、朝出勤すると役職のある人1人1人に丁寧に挨拶をしなければならないそうだ。すれ違っても丁寧に挨拶をするので、同じ人に何度も「おはようございます」を言うことになるとか。
確かに、挨拶は大事だ。気持ち良い挨拶は人の心を明るくする。それに異論はない。だが、そんなに神経すり減らすような挨拶が必要なんですかね?トイレで隣に並んだ人にも丁寧に深々とお辞儀をしなければならないんだったら、出るものも出なくなるわ。その点、ウチの会社は楽だな。俺の場合、朝ドアを開ける時に「おはようございます(実際には『おざーっす』くらいになってるかも)」を1回適当に言うくらいで、廊下ですれ違う人にはせいぜい会釈程度。メガネ掛けてないと誰が誰だかわからないから、誰に対しても一応なんとなく頭を下げながら歩いてる感じ(笑)
別にナメた態度をとってるわけでも、見下しているわけでもない。名刺交換など必要な時には、それなりの挨拶をする。でも、周りの雰囲気もあるし、それくらいでいいでしょという理屈。形式的にうわべだけリスペクトの態度をとっても虚しいしね。俺は、役職や年次ではなく、1人の人間として心からリスペクトしているつもりだからさ。話す時にはできるだけ明るく笑顔、相手も幸せになれるような態度をとってることが本当のリスペクトだと思っているから。

話を戻す。「やりたいこと、やろう。」について。
約8ヶ月振りくらいに、曲を書いてます。俺が書いているのは詞だけなんだけどね。ここしばらく書いていなかったラブソング系のバラードを、少しずつ書き進めている。完成するとしたら、2年半振りだろうか。メロディーラインも出来上がり、使いたいフレーズの材料もある程度上がっている。あとは、これをいかに曲に落とし込むか。そして、曲の世界観(ストーリー)を作るか。
今回はかなり直球勝負。第三の男の時よりも。系統は違うが、前の「Junk Hero」は俺自身はかなり気に入っているものの、評判は今一つ良くない。技巧を凝らし過ぎて何も伝わっていない。芸術作品としてはその方が良いのだが、誰かに伝えようと思ったら懐石料理みたいな歌じゃダメなんだ。ファストフードまではランクは落とすつもりはないが、それなりに手軽に入ってくる詞じゃないと。とはいえ、ただ「I LOVE YOU」を繰り返すような陳腐な曲にはしたくない。そこで、そこに至るまでのアンビバレントな感情を落とし込むことによって、逆説的に伝えたいと思ったり思わなかったり。

ホントはラブソングは冬に書くものだと思うんだけどね。ただ、止むに止まれぬ事情が発生したというわけさ。ガキの頃と何も変わってない。むしろ、経験が無い分だけ、ガキのような気持ちでいる。門外漢なものでして。どうすればいいのか全然わからないけど、とりあえず目の前にあることを精一杯楽しもうかなって。不器用なら不器用なりのやり方があるはず。今月のテーマはそれだな。

日本は、「失われた10年」が「失われた20年」になり、昨年秋よりようやくその状態から脱却した。アベノミクス様様だな。安倍首相ご自身も、1回死んで、どん底まで落ちて、そこから這い上がってきた身。俺も、同じ境遇をたどっただけに、彼の姿を自分に重ね合わせて、もう一度復活しようとしている。
同じなんだ。「失われた3年」だったはずが「失われた7年」になり、そこから何とか持ち直せるかどうかの状態まで来ている。今回の曲作りに関しては、相手に伝えたいという目的もありつつも、自分への挑戦の意味も込められているんだ。俺が復活できるかどうか、今まで閉じこもっていた殻を打ち破れるかどうか、その試金石のような曲になる。だからこそ、絶対に最高のものを完成させなければならない。いや、させたいんだ。それも、強迫観念に縛られるようなやり方じゃなく、フリーな状態で精一杯楽しみながら。少なくとも青空は取り戻した。あとは、フィールドで一生懸命白球を追いかけるだけさ。大人だって、泥まみれになってプレーすればいい。カッコ悪くていいじゃないか。カッコ悪い自分でも堂々としていることが、最高にカッコイイんだよ。

状況的にも心情的にも、静高時代17HRの初期の頃とかなり似ている。あの時は、チャンスがあったのにそれに向き合おうとしなかった。過去ばかりに目を向け、訪れる未来を恐れていた。もう同じ失敗は繰り返さない。堂々と空振り三振してやろうじゃないの。別にホームラン打てるなんて思っちゃいない。いいんです、仮に三振からのスタートでも。結果も欲しいけど、それよりもちゃんと打席に立てる男でいたい。そんな「誓いの言葉」を、これからどのくらい時間がかかるかわからないけど、書いてみようと思います。邪魔にならない程度に。気持ち悪くない程度に。トップギアで走ることがベストじゃない。アメリカンタイプのバイクだから、真っ直ぐなストリートをゆっくり流していけばいい。

いつまでも、少年の心を忘れずに。


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