SNSの怖さ

スマートフォンの普及と共に、SNS全盛時代となっている。Twitter、Facebook、LINE、mixi、LinkedIn、Mobage、GREE、Google+・・・人によってはSkypeやYouTubeすらこれに含まれると言われる。

俺の使用状況としては、それなりに使っているサービスとしてはTwitterとSkypeとYouTubeだろう。SkypeとYouTubeに関しては、SNSという認識はないが。アカウントだけ持っているものとしては、mixiとGoogle+。mixiに関してはこのブログやTwitterのツイートを垂れ流すのみ。Google+はAKBファンだった時代に閲覧用として作ったが、今は放置している。その他のサービスに関してはアカウントすら作っていない。

私の周りの友人の中では、FacebookとLINEが人気のようだ。何度か「アカウント作らないか?」と言われたことはあるが、断固として拒否している。特にこの2つのサービスに関しては、個人情報漏洩の話をよく耳にすることもあり、怖くて手を出す気になれないということがある。

フェイスブック、「電話番号の不正な大量取得」対策に苦慮
(Computerworld、2012年10月17日)
http://www.computerworld.jp/topics/585/205187

フェイスブック、プライバシーに関する3つの抜け穴
(WSJ日本版、2012年10月15日)
http://jp.wsj.com/IT/node_529850

大人気LINEの落とし穴〜私がLINEを使わない理由
(I believe in technology、2012.07.28)
http://reynotch.blog.fc2.com/blog-entry-228.html

Facebook情報がLINEに流れて情報流出? iOSユーザーは注意しましょう
(ライフハッカー[日本版]、2012.09.26)
http://www.lifehacker.jp/2012/09/120926ios6fl_top.html

LINEの個人情報の扱いはちょっと危ないのでは?の話
(Togetter、2012/01/26)
http://togetter.com/li/247754

もちろん、アプリ内の「設定」でいくらでも制御できるという反論はあるだろう。
だが、その「設定」は本当に完全なものなのか?「設定」もコードを書いて人間が作る以上、別のコードに置き換えられれば簡単に壁は崩壊する。最近でも、第三者による犯行メール等の問題で話題になっているように、サイバー犯罪は今や日常のものとなっている。銀行強盗ならその場で犯人を物理的に確保することも可能かもしれないが、サイバー上の犯罪の場合、犯人の割り出しにも苦労するのだ。よって、一番の対策は、大事な個人情報をネットワーク上に「置かない」ということなのだ。クラウドの流れと逆行するような話かもしれないが。

確かに、全く「置かない」というのも無理がある。俺も少しは置いている。Gmailを使う際、アドレス帳はネットワーク上に置いてあるものを使う。だが、SNSの場合、電話番号やメールアドレスなどにとどまらず、個人の私生活や顔写真まで晒されるリスクがある。ここが、メールサービスとSNSの違いだ。

俺は、自分の情報については最大限、自分でコントロールできる状況下に置いておきたい。俺がネット上で本名を使わない理由はそこにある。一時期は違う考えも持っていたが、今は旧友やかつての知人などに、私人としての俺の姿を捉えられたくない。Davyとしては関わりたい気持ちはあるが、私人としての俺との間には一線を引いておきたい。よく俺が言う「門戸は広いが、敷居は高い」状態にしておきたいのだ。

では、なぜTwitterだけは許したのか。他のSNSに比べ、提供すべき個人情報が圧倒的に少なくて済むからだ。本名でないハンドルネーム1つあればいい。メールアドレスも最初の認証くらいしか使わないから捨てアドレスでいいし、非常に賞味期限の早い、すぐ消え去られる140文字だけ提供すれば済むからだ。それに、鍵付きアカウントもいくつか持っているが、その鍵が壊れても被害が軽微で済むくらいの情報しか置いていない。また、全く赤の他人から見れば、個人を特定されないようにしてある。本当に触れられたくない秘密を友人と共有する際は、なるべく対面で、外部に漏れないように気を配った上で話す。それ以上の触れられると非常に困る秘密については、そもそも誰にも言わない。家族にすら。

とはいえ、情報を秘匿しているだけではない。むしろ、SNSをやっている連中より、よっぽど多くの情報を公開している。それがこのサイトだ。本名や住所・電話番号以外のことについては、最大限公開しているつもりだ。個人情報漏洩を心配する俺が、なぜそんなことができるのか?

これについては、確率論だ。例えば、この記事についても共通のプラットフォームを使うSNS上で書いた方が閲覧してもらえる確率は高い。「友達」となった人に更新情報は届くし、SNSグループ内での強固なつながりにより、いわゆる「アクティブユーザー」が多い状況で公開することができるからだ。ファンクラブ限定コンサートのような状態だ。
一方、このサイトについては、俺個人しか使わない(あくまでこのドメイン、サーバー上の話だが)プラットフォームであり、賞味期限の早いTwitterで告知が流れる程度だから、見落とされる確率も高い。また、検索エンジンを極力排除するように設定しているため、「流れ」で来る人も少ないし、来たとしても完全な赤の他人である確率が高い。よって「見られにくい」状況で公開することが可能なのだ。外国の田舎の駅前でギター一本で歌っているような状況だ。

つまり、俺は「本気のヤツ」しか歓迎しない。本気でDavyについて、Davyの考えについて知りたいと考えていて、違うプラットフォーム上でも見たいと思う人間以外は寄せ付けない。同じプラットフォーム上で「なんとなくクリックした」ような人には来てほしくない。そう考えているからこそ、密度の濃い記事を書くことが可能なのだ。Twitterやmixiで告知することにより「知る機会」は与えるが、それ以上は読者の気持ち次第。政治家として選挙に出るわけではないから、多くの人に知ってほしいとも思わない。「いいね!」ボタンなどつける気もない。クリック1つで評価した気になられても迷惑だ。

Facebookなどを利用しないのは、俺の人間関係に関する考え方も大きく影響している。友達は大事な存在だし無くてはならないものだが、「数」を必要としない。「質」を必要とする。クオリティーの高い本気のプロ集団が10人程度周りにいてくれればいい。それが理想だ。俺の若者らしからぬ「重い発言」を逃げずに真正面から受け止めてくれる連中。これが、俺が思う、「人間としてのプロ」なのだ。昨年までは自分の方向性をなかなか見出せずに迷い、苦しみ、多くの人を傷つけ、裏切り、失った友人も少なくない。だが、今考えれば、あれも「摘果」のような大事なプロセスだったのかもしれない。おかげで、今では俺の周りに本気で信頼できる「本物のプロ」が集まってくれた。数は多くはないが、皆それぞれのポジションを極めた最高の連中だ。俺が持たせていただいている、最大の財産であり誇りである。

よって、彼らにアクセス手段だけ持っていれば問題ないわけで、それ以上に無駄な拡大はしようと思わない。あとはTwitterなどでじわりじわりと広がってくれればいい。Twitter見て興味を持ってくれた人が、少しのハードルを越えてDavyStyle.comにアクセスし、さらに興味が湧けば高いハードルを越えてPodcastを聴いていただく。そこまで来れば、俺がその方の名前や顔を把握しているか否かは関係なしに、俺の大事な仲間であり同志であるということになる。本名なんかどうでもいい。一度も顔を合わせたことがなくてもいい。今後会う気がなくてもいい。本物の俺の仲間だ。Davyファミリーの一員だ。俺が全力で、生命を投げ打ってでも守る対象だ。いくら金を掛けてでも、駆けつけるべき対象だ。

俺はこういう「仲間観」があるからいい。
だが、余計なお世話かもしれないが、SNSから抜け出せない人の中には「『友達』の多い、孤独な人」も多いのではないかと思ってしまう。SNSでの「友達」の人数が数値化されることにより、友達が多い気になっているけど、実はいざという時に助け合える人は周りには誰もいなかった、という状況にはなっていないだろうか。修学旅行の班決めの際に最後に余るのは、実は友達が多いと思われているヤツだった、なんてこともよくある話で。大事なのは一緒に遊ぶだけの連中じゃなくて、自分が間違った道に進みそうになった時に身体を張って止めてくれるヤツなのにね。

SNSの本当の怖さは、個人情報漏洩の問題よりも、中身のない「友達」だけが周りに増えてしまう危険性があるという現象にあるのかもしれない。

儲け合ったやつらとも 今じゃ遠い縁になってさ
色々覚えたよ 上手くはめられたのは誰
ヤキが回ったぜ おまえも俺も
どうなって行くのか どうすりゃいいのか
ああ 用心にこした事はねぇ
もう誰も信じやしないと よくある事さ
あんたも同じ傷みを背負ってたってね 結局はビジネスさ
あるところじゃ子供騙し 嘘だけの言葉に
誠実に答えても 互いに疲れちまうのさ
なぁ 俺の置き忘れてきたギターはまだあるかい
返してくれねぇかい もう貸し借りはねぇぜ

尾崎 豊 「RED SHOES STORY」

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