「作家」である前に、我が人生の「作家」であれ。


どうも!Davyです。
懐かしい挨拶から始まった今回の記事、久しぶりにfqtになったつもりで書いてみようと思う。

今日の1曲はこれで!矢沢永吉(&布袋寅泰)「もうひとりの俺」

昨日部屋の片づけをする時に本棚の整理をしていたら、懐かしい本が見つかってね。久しぶりに読んでみることにした。

皆さんは、この男を覚えているだろうか。SHINJOこと新庄剛志。
2006年に北海道日本ハムファイターズを見事日本一に導き、引退した選手。
そのプレーもさることながら、派手なパフォーマンスで、プロ野球ファンだけでなく、日本国民を魅了した。

2006年というと、俺は高校1年生。静高に入り、fqtブームに乗っかって、楽しい日々を送っていた。
人生を四季で表すならば、マイアミのような暑い熱い夏だった。
そんな俺も、パフォーマーの1人だった。SHINJOのように、周りの連中を魅了しようとした。
結果については、ここでは書かない。それは、当時fqtという男と時間を共有した者だけが持ち合わせていればいい感想だ。

俺は、何で自分を表そうとしたのか。文章だ。
まだブログブームになる前、芸能人ですら自分のブログを持っていない時代の話。俺は、S波が来る前の最新のツールを自己表現の道具にしたんだ。
話し言葉でも書き言葉でもない、俺流の表現。時に「カタい」と言われ、時に「書き方が間違ってる」と言われた、この表現。
俺は、俺にしか扱えない筆をずっと磨き続けていたつもりだ。

久しぶりにSHINJOに触れて懐かしくなった俺は、当時、自分が何を書いていたのか、サビついて開けにくくなった引き出しを1つずつ開けていくことにした。

2009.02.26(高校3年・ブログ3周年記念の記事より)
「リスクマネジメント」とは失敗した時の痛手を最小限にするものではない。何も心配することなく、堂々と戦うための下準備なのだ。ソフトランディングしようとするな。ハードランディングでいい。失敗したら、立ち直れないほどに落ち込めばいい。泣き叫べばいい。目の前のものを全て破壊すればいい。もし、どうしても「失敗」から学びたいのであれば、このくらいの激情さを出さなければならない。自分の記憶に深く刻むためにな。

2009.02.05 真冬の疾走、in YOKOHAMA
「考えるより走れ!夢中になって走っていれば、くだらないことに気を取られることはない。とにかく、走れ!夢中になって、走れ!振り返るのはもっと後でいい。」

人間って、立ち止まると自分が辿ってきた道を振り返ってしまうんだな。で、後悔したりとか、「if」がどうしても出てしまう。でもさ、夢中になって走ってる時って、そんなこと考えないよな。とにかく、視線の先にあるゴールを目指して走るだけなんだよな。だから、苦しいんだよ。でも、だから爽快感を味わえるんだよ。

「必死に・・・」っていうけど、過去を振り返ってるということは、必死に生きていない証拠。本当に必死に生きてるヤツってのは、良い意味で周りが見えていないんだな。夢中で走る。走ることに意味があるのであって、走ってきた道が正しいかどうかなんて、どうでもいい話なんだよ。どんな道でもいい。とにかく、自分が夢中になれるものを探して、それに必死になって取り組む。

人生って、そんなもの。
言ってみるなら、「暗闇の中のマラソン」なのかな?

もう減退期の高3とはいえ、なかなかエネルギーはあるようだな。
続いて、高2を見てみよう。

2007.11.18 BEAT EMOTION
静高の関係者はわかってると思うけど、金曜日、3年の「一部の」奴等によって、俺を誹謗中傷するビラがほとんどのクラスに掲示された。詳細は話すつもりはないけど、俺に会長の辞任を要求するものだった。別に辞任ならいつしてやってもいい。会長の肩書きが外れることくらい大した事ない。だけど、あれをやるのはいかがなものか?そう思ったんやけど、不思議と「怒り」には繋がらなかったんだ。

俺は、4時間目の世界史の時間、ずっと泣いていた。涙を流さず泣いていた。副会長に「帰ってからにしてくれよ」と笑われたが、もう感情を抑えることはできなかった。「悔し涙」なんかじゃない。「悲しい涙」でもない。人の温かさに触れて、感激してたんだ。俺の周りの仲間は皆優しい言葉を掛けてくれた。慰めなんかじゃない。激励の言葉だ。「負けんじゃねえぞ!」「そんなにイヤなら自分でやればいいじゃん」「あんなことしたって誰も相手にしねえよ」「俺はずっとお前の味方だから」・・・
仲間ってこんなにありがたいものだと、俺は改めて知った。「人は1人で生きている」それはどんなことをしたって変えられない。でも、誰かを助けていくことはできる。支えてやることはできる。そういう人が自分の周りにたくさんいる俺は、言い表せないほど幸せだと思う。人の直接的な言葉だけではない。本にも励まされた。「どんどん出る杭になりなさい」「誰が何と思うが関係ない」「生まれてきた意味を捜し出せ」・・・そして、スピーカーから聴こえる叫びにも励まされた。もちろん、尾崎やBOØWYからも励まされたけど、やっぱり今回の1番は布袋さんだろう。「IDENTITY」という曲がある。父親が韓国人だということで差別を受けてきた布袋さんだからこそ、書けた曲だ。Yahoo!で試聴できるみたいだから良かったらどうぞ。

奴等は頑張って署名を集めるだろうけど、まぁこれだけは言っておく。俺を「会長」から引きずりおろすことはできても、「俺スタイル」から引きずりおろすことはできない。
ま、とにかく、俺は信じられる仲間と一緒にこの素晴らしい日々を過ごすだけ。そして、その中で自分の目標を見つけ、それに向かって努力する。成功体験を積み重ねていくうちに、自分のIDENTITY、つまり「俺スタイル」を極めていけたらいいなと思ってる。それが、今の俺にできること。

会長やってた時の文章。ちょうど例のビラがまかれた時の話。なぜ俺がHOTEIという男についていくのか、全てはここから始まった。
こいつだよ、昨日俺が会いたかったのは。
高1については例の騒動の時にブログ消しちゃったから、学校誌に投稿したこいつをどうぞ。

SHINJOY
http://ameblo.jp/17smap/entry-10448581873.html

昨日これを読んで励まされてた。一番輝いていた頃を思い出してね。

長くDavyに付き合ってくれてる連中はもう読んだと思うけど、俺は高2の時、17歳の誕生日記念に本を出版してる。

『AVANT-GARDE ~Case of fqt~』
http://ameblo.jp/17smap/entry-10451678237.html

その内容を一部WEBでもこうやって公開しているわけだ。中でも、この2作品は17歳にしてはよく書けたと我ながら思う。

『大きな自由の木の下で』
http://ameblo.jp/17smap/entry-10448581923.html

『IDENTITY』
http://ameblo.jp/17smap/entry-10448581834.html

もちろん、今とは考え方が違う部分も多いよ。あの時は、辞任直後で心が荒んでいたし。
盛んに強調している「人は1人で生きている」なんてのは言い過ぎだと思うし、たくさんの人の愛に包まれて生きている今は、全くそんなことは思ってない。
問題は、そこじゃないんだ。
あいつがこれを書いたエネルギーだよ。気持ちだよ。
あいつは、自分の生命を削りながら、その思いを1冊の本に託したんだ。
fqtの考えてることが今の俺に完全に理解できるかといえば、それはわからない。
でも、fqtの気持ちはわかる。どんだけあいつが苦しんだかはわかる。

かつての自著を読み終わった時、俺は奮い立った。
あいつに負けないくらいの、新しい歴史をこれから作ろうじゃないかって。
ビビりながら、おびえながら、たくさん傷ついていこうって。
バカで熱くてどうしようもない男だけど、あいつの血がまだ流れているんだとしたら、まだまだ俺は「一瞬に懸ける」人生を送れるはずだ。
本当に、自分の不器用さにはあきれるけどね。反面、そこが一番好きだったりもする。

今月始めたコールセンターのバイト。9月末までの期間限定の短期バイト。
なんとかそこでカネ貯めて、10月から教習所に通おうと思ってね。大型二輪免許をとるために。
なんか教習車にハーレーを使う自動車学校があって、そこへ行こうと思ってるんだ。
あと、ペーパードライバー講習も受けなきゃね(笑)

そして。
ここからはあくまでまだ「構想」にすらなってないんだけど、来年就職して夏・冬のボーナスで頭金作ってハーレーの中古を買おうか、それとも今回のバイトで稼ぐカネと貯金を合わせて400クラスで手頃な国産バイクを買おうか。さすがにここに住み続けると、クルマは置けないしね。
あ、もちろん、タンデムシートもつけるつもりです。

作家として、今度は自分の人生のストーリーを描かないとな。今から、楽しみだ。


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