勝った敗者と負けた勝者

語る美学。語らぬ美学。
アピール嫌いの俺だから。
理想と現実の間で、俺はもがき苦しんでいた。

「大したこともないことを、なんで大袈裟に語らなきゃならないんだ?」
「こんなの当たり前じゃん。なんでそれを誇るの?」
「いつまでウソをつき続けなきゃならないんだ・・・」

俺が苦しんでいたのは、なかなか内定が出ないからじゃない。自分のありたい姿と、今やらなければならないとされていることが、あまりにも違いすぎる。それがたまらなく嫌だった。
俺がやっていることは、俺にとっては当たり前のことばかり。自分の仕事にプライドをもってきちんとやり遂げること。創意工夫してその場での最善なやり方を編み出すこと。他人が求めているものを察知し、自分ができることを最大限提供すること。こんなものは誇るべき話じゃない。それを「アピールポイント」と言って、自慢げに語らなくてはならない。それが、就活だ。

特に、駅員をやって3年目に入るから、インフラの考えが染みつきつつある。
「ありがとう」なんて言われないのが当たり前。いつも安全で時間通りでサービスが良いのが当たり前。何も起こらないことが、最も良いこと。
インフラやってる連中は皆思ってる。「当たり前」を今日も変わりなく提供することこそが、自分の仕事だと。
感謝されることをやりがいにするようなヤツは終わってる。そんなもので意気に感じてるんじゃねーよ。
俺たちは黒子なんだ。他人の人生というドラマの中じゃ、単なるエキストラ。エキストラにはエキストラなりのプライドがある。そんな世界に身を置いてきた。

だからこそ、余計に思う。なぜ、「当たり前」を誇らなくちゃならない?
長所?そんなものはない。
短所?そんなものもない。
全部含めてこのパッケージで、これが俺なんだ。Davy Fujinamiなんだ。
長所だって、見方を変えれば短所になる。短所だって、使い方を変えれば長所になる。
俺の誇りは、「責任感」とか「創意工夫」なんかじゃない。
俺が誇りたいのは、「俺自身」なんだ。「俺の生き様すべて」なんだ。
いちいち何度も言わせるな。

面接が終わるたびにいつも思う。そして、罪悪感と嫌悪感に苛まれる。
また、大したことないことを大袈裟に、時には(半分以上か?)ウソをつきながら雄弁に語るヤツが評価される世界。
話を作りこんできて、マニュアル通りの暗記したものを語るヤツが評価される世界。
相手に媚び売って、評価されようと一生懸命になるヤツが評価される世界。
だから、就活なんか嫌いなんだ。

俺はクールに生きていたいんだよ。語ることは、ほんの少しでいい。言葉で誰かを引っ張ろうなんて思わない。
俺の背中を見て、ついてきたいヤツだけ、ついてくればいい。

そんなことを思いながらしている就活。未だに内定は出てない。
最終面接まで行きかけた会社も、残念ながら散った。行きたかったAM業界だけに、残念だ。
もう「持ち駒」は片手で数えられるほどしかない。

周りに目を向けてみよう。俺の友人で内定出てるヤツは、皆無だ。
俺の仲間はな、素敵な連中なんだ。話をマニュアル見て作りこんで丸暗記してしゃべるような「就活マシン」なんかじゃない。相手に媚び売って、平気な顔して大嘘つくような、腐った連中なんかじゃない。
皆、自分の言葉でしゃべって、自分の想いを率直に伝えている。丁寧に、そして真っ直ぐに。さすが、俺の仲間だ。
就活マシンに徹しないからか、内定は出ない。

そんな素敵な連中とSkypeで話した。皆、相当辛い思いをしてきている。立場は違うにせよ、心の傷は似たようなものだ。
でも、偉いよな。誰も、他人のせいにして生きていない。ただただ、現状を嘆いている。
俺たちが力不足だったとしたら、それは認めよう。

でもな、俺は正直、力不足だからこういう結果になってるとは思えないんだ。
俺のことはどうでもいい。俺は、頭も悪いし、不器用だし、思ったことを率直にしゃべっちゃうし、自分にウソをついてまで勝とうとしていない。
俺が落ちるのは、もしかしたら必然なのかもしれない。

だけど、俺の友人は違う。ある企業へ行きたいヤツがいる。そいつは、インターンにも行ってるし、学歴も高校・大学ともに高い水準にあるし、志望動機ややりたいことなど、相当明確にしゃべれている。俺は言葉の世界で生きてきたから(志望してなくても)たいていの業界の志望動機を作れるボキャブラリーや知識はあるが、そんな俺でも到底敵わないくらい、明確に優れた言葉が出てくるくらいだ。志望動機とやりたいことだけなら、同業他社でも「素晴らしい」と認められるくらいだ。
そんなヤツでも、通らない。その企業は100人以上採用するのであるが、仮に彼より明確に志望動機ややりたいことが語れる人間がいたとしても、ヤツの上に100人以上いるとは到底思えない。俺は、その企業の採用担当に言ってやりたい。「お前の目は、節穴か!?」と。

そんな魑魅魍魎とした感じなんだ。頭が良くて、自分の言葉できちんと語れて、人間性も良いヤツがそんな目にあう。それも、何回も何回も。
俺は、そんな世の中、絶対に間違ってると断言したい。そんな企業は潰れてしまえ。あいつを採らずに、誰を採る?

そんな思いもありながら、先の見えない俺たちだった。そこで、こんな発言が出た。

「このままどこも決まらなかったら、俺たちで起業しようか?」

冗談半分、本気半分。とはいえ、俺はたとえ冗談でもこの言葉にすがりたい気持ちでいっぱいだ。
彼らがどう受け止めたかはわからない。一応、彼らも乗り気な様子だったが、その心中は本人のみぞ知るものであるから、俺が断定することはできない。
それでも、そうやって、皆で何かやろうとなる空気がたまらなく嬉しかった。

遡ること8年前。中2で当時13歳。
勉強では順風満帆だった。常に学年トップクラスの成績で、向かう所敵なしとまではいかないものの、最先端を走ってた自負はある。
今の境遇に比べれば、うらやましい限りだ。将来は有望で安定したものだろうと、誰もが確信できる状況だったんだから。

だけど、俺は1人ぼっちだった。俺の周りには、誰もいなかった。
誰が友達なのか、誰が仲間なのか、わからなかった。1人でなんでもやっていくしかなかった。
なんとなく空虚を感じながら生きていくしかなかった。

今はどうなのか?
能力なんかない。筆記試験に落ちまくるくらいの頭になっちまったし、学歴だって決して高くない。戦況だって思わしくないどころか、絶望的だ。就職できない恐怖と背中合わせの毎日だ。
そんな今の俺にも、1つだけ大きな財産がある。本気で信じられる仲間だ。
以前の俺ならこんなこと言えなかった。たまらなく嫌だった。
でも、今は違う。これまでとは比べ物にならないくらい感謝したい連中で、本気で信じられる仲間なんだ。お互い、その存在価値を認め合える、俺にとっての、もう1つのファミリーなんだ。
だから、俺はいつも思っている。あいつらに俺は何をしてやれるんだろう・・・?って。
俺は犠牲になっても構わない。あいつらが幸せになれるんだったら、それで構わない。
こういうことは、口で言うのは簡単だ。それが、今は実践できている。だから嬉しい。
あの企業はいいぞ、この企業はどうだと俺が薦めた所の選考に、彼らが通っていく。そして、俺は落ちる(笑)
一応キャラ壊したくないから嫌味の1つ2つも言ってはいるけど、「紹介しなければライバルが増えなかったのに・・・」なんてこれっぽっちも思わない。
だって、それが俺の目指した姿なんだから。一緒に受かればベストだけど、彼らが受かれば別に俺はどうなろうと構わない。むしろ、嬉しい気持ちでいっぱいだ。

俺は、野球少年だったからね。送りバントでランナー進めて、自分がアウトになるなんてことは、野球じゃ当然のチームプレー。
それで犠牲になったとかわめいてるようなヤツは、2番打者は向かないよ。
下手くそだから監督になかなか使ってもらえなかったけど、自分たちで好きに決められる遊びの時には、「2番・セカンド」を第一希望として選んでいた。
目立つことは好きだけど、俺だけが幸せになってもしょうがない。

俺の生きる意味。生きる目的。
死んだ後も誰かに、俺が確かに生きていたことを記憶しておいてもらうことかな。そして、それを語り継いでいってもらうことかな。
そしたら、死んだ後も、その人の心の中で生き続けることができるじゃない?相当「長生き」できるかもしれない。
俺は、そんな人生を目指したいんだ。だから、こうやって、自分の生きた証を文字として残そうとしている。
そんな温もりを、この文章から感じ取ってくれたら、幸せです。

実際に起業するしないは、二の次。そんな話をして、一筋の光がうっすら見えてくることが、たまらなく嬉しい。
「就職失敗したら終わりだ・・・」なんて、そんな人生悲しすぎる。
生きていく道は、いくらでもある。1本のペンさえあれば、いくらでも好きなようにデザインできる。
「パンがなければケーキを食べればいい」と言った人もかつていたけど、入りたい理想の企業が無いんだったら、自分たちで作ってしまえばいい。
もちろん、簡単なことじゃない。生活の全てを捧げる覚悟で、体力も気力も時間も財産も、全てつぎこんで初めて成功するかどうかのステージに上がれる。
かつて経営者を目指した過去がある。だから、どれだけ苦しくて辛い作業かはちゃんとわかってる。

でも、その苦しさ、前向きじゃない?自分に嘘をついて偽って就職する苦しさより、自分を貫いて突き進む苦しさの方が、素敵だと思える。
就職できたとしても、50歳手前とかで急に放り出されたらどうするの?今のご時世、そんな話はザラにある。
だったら、若いうちにリスクとっておいた方が、まだやり直しはきく。同じリスクをとるなら、後々誇れるリスクをとりたい。

何をやるかはこれから決めるし、そのための勉強は残された大学生活で必死にやるつもりだ。

今の俺の方がよっぽど生きてる。
就職して自分の身を固めることだけに必死になって、人生そのものを考えることから目を背けてた俺がいたことに気付いた。就職さえいい所に決まれば、人生そこそこ安定できると思っていた俺がいたことに気付いた。
こうなって良かったよ。もし順調だったら、俺、21歳で人生終わってた。流されるまま生きるだけの、つまらない男に成り下がったままで終わってた。
それに気付かせてくれたんだね。ありがとう。
「お前、もう一花も二花も咲かせてみろよ!まだまだやるべきことは残ってるぞ!」
こんな声が天から聞こえた気がした。
「俺の人生のピークは15歳」なんて、冗談じゃねーよな??

まだまだ自分にはやるべきことがある。その事自体が大変幸せなことだ。
チャンスはある。カネも少しだけどある。そして、信じられる仲間がそこにいる。
やってやろうじゃないの!

今日も俺は、夜の都市の真ん中で、夢を見ています。
Dreaming in the Midnight City

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