デイビー母校に再び帰る


高1の時に好んで聴いていた曲。カラオケではシメに必ずシャウトしたっけな~。

尾崎豊を聴くと、fqtに戻れるんだ。高校時代の俺にね。

今日は日帰りで静岡に帰ってきた。しかし、実家には寄らず。早朝6時20分東京駅発の高速バスに乗り、夕方16時15分静岡駅発のバスで戻ってきた。で、今はフツーに江東ベースにいる。
今日帰った目的はただ1つ。高校時代お世話になった政経のH先生が退職されるという情報を聞きつけ、離任式である今日駆けつけさせてもらったというわけだ。この前帰った時はあいにくいらっしゃらなかったからな。静高を去られる前に、一度お会いしておきたかったんだ。
静高の先生って変わった人が多くてね。ちっとも先生らしくない(笑)忌野清志郎の歌じゃないけど。そこまで上からモノを言ってくる先生ってあまりいなかった気がする。子供に手とり足とり細かいことまであれやこれや言うことが「教育」だとするならば、静高の先生方って「教育」はほぼしない。なんか人vs人の感じで、まぁ変な人が多いですよ。そこが好きなんだけど。

H先生に関して言えば、俺は1年と3年でお世話になった。1年の時は、17はこれまたおかしなクラスだったから授業もいつも相当盛り上がってたんだけど、3年になると皆受験モードで受験で政経使わない人は全く授業聞かないんだよね。明らかに聞いてるのは俺と数人のみ。だから逆に面白かったね。特に科目ごとクラスに分かれて行う授業の時とかは、ほとんど俺とゆかいな仲間たちしかいないから、先生とずっと雑談状態。これが最高に面白かったね!特にいい話とかされたことは無いよ(笑)だけど、キャッチボールの相手になってくれた感じかな?政治とか経済とかに興味を持ち始めて色々知識を吸収しても、それを話す仲間がいなかった。こう言っちゃ何だけど、みんな俺についてこれないのよ。そんな状況で唯一議論の相手になって下さったのがH先生だったな。
17の時の担任であるM先生にも、秀英時代のU先生にも共通して言えることなんだけど、俺が好きな先生って、何かいい話をしてくれたり導いてくれたりする人じゃないんだよね。俺の壁になってくれる人。俺が反発するじゃない?それに対していい意味でライバルになってくれる人。特にM先生に関しては「あんなヤツはな~」とかボロクソに言ってたけど、それはライバルであった証拠。中学時代、石上に言ってた感じがそのままMさんに引き継がれただけのこと。こんなこと言いたくないけど、ちゃんと認めてるからボロクソ言えるんだよ。あのバカどもは気付かんと思うけど(笑)

それはそうと、離任式が終わって出てきた先生を捕まえて話すことができた。だいぶ長くしゃべったし、メシもおごってもらった!ごちそうさまです。
普通、こういう状況だと思い出話をするんだと思うんだけど、ほぼ出なかったな~。なんか地域経済の話とかずっとしていた気がする。あの時とまったく変わらない状況だよ。

そこには、Davyはいなかった。代わりに、fqtが現れた。
高校時代の、エネルギーに満ち溢れていた俺が現れた。

思ったよ。今の俺は小さくまとまりすぎていたな、って。
確かに、就活を成功させる意味は、今後の生活を安定させるためで、経済的に自立するためだよ。でも、ホントにそれだけでいいのかな?
ここの所、ずっと模索していた。就職して会社が決まったら、もうそこで終わりなのかな?って。そんなつまんない人生ないよなって。
話してるうちにあの頃の俺が蘇ってきた。そして、先生にもたくさんヒントをもらった。何ができるかわからないけど、俺はやりたいこと・やるべきことをまだまだたくさん抱えていたんだなって気付いた。
確かに就職を通して実現できるものもある。特に投資額の大きいものは、そうすべきである。
でも、俺がやりたいことって、それだけじゃないんだよね。
俺自身が主役となって、何かを成し遂げたかったんだよな。たとえ小さなことでもいいから、自分自身で自分のクルマを運転したかったんだよな。電車に乗ることで連れて行ってもらうようなもんじゃなかったんだよな。
だとしたら、きちんと就職は決めるにしても、独立する準備をしなくちゃ。大変だと思うんだけど。でも、それによって得られる快感は無限大。だとしたら、やるしかねーじゃん。

これまでにも自分で小さいプロジェクトはやってきた。H先生にもお話ししたが、静岡市に地下鉄を通す計画、あれはなかなか苦労して創り上げた俺の大事な作品だよ。

新・静岡地下鉄計画
http://davystyle.com/archives/1012

http://davystyle.com/archives/1002(スマートフォン向け)

他にも街選びランキングの前段階としてこんな記事も書いた。

満員電車を回避せよ!
http://davystyle.com/archives/1133

で、結局こんなデータを作ったんだった。
http://files.davystyle.com/shihatsu.xlsx

好きだからできたんだろうな。もっともっとブラッシュアップして仕事にできれば、これ以上の喜びはない。あとは、一般の人に対するアプローチ方法と収益モデルが課題だな。

結構な強行スケジュールだったけど、帰静して先生にお会いできて本当に良かった!なんか色々やれそうな気がする。
早くみんな自分の進路決めて、17の仲間集めて先生の所に報告に行ければいいな~と思ってる。

最後に。
帰り際、正門近くでご老人の女性に呼び止められた。聞くと、お孫さんが静高に入学が決まって、入学の下見に来たそうだ。
なんだか嬉しくなって、色々しゃべっちゃった。きっと、その方の家は幸せに満ち溢れているんだろうと想像すると、なんかいいな~って。迷わず「おめでとうございます」と言った。
たかが高校の合格&入学だけど、静岡市民にとっちゃ、静高に入るということはそういうこと。最大の名誉なんだよ。東大に入るよりも、静高に入ることの方が、静岡人にとっての名誉といっても過言ではない。正直、入学後は大したことないように感じるんだけどね。

決して静高は天国じゃないよ。苦しいこともたくさん待ってるし、辛いこともたくさんある。ドロドロした汚い部分もかなりある。時には学校をやめたくなることだってある。俺だって何回もあった。何回も思った。「静高じゃなければどれほど楽だったんだろうな」って。
でも、素敵な出会いが待ってることも事実。先生も生徒も、最高の連中に出会いやすい環境であることは間違いない。卒業して3年経っても、今でも変わらず交流がある静高時代の友人だって何人もいるし、わざわざ東京から駆けつけたくなるくらい魅力的な先生だってたくさんいる。それは保証する。
会長時代とか特に、散々イヤな目に遭って身体まで壊しても、それでもなおたまには母校を訪れたくなる魅力があの学校にはあるんだよ。もちろん、あの学校の嫌いな部分もたくさんあるけどさ。
だから、現役静高生にはそういう環境にいられることに感謝しながら、それを活かすよう頑張ってほしい。勉強や部活だけじゃなくていい。先生生徒関わらずいっぱい仲間を作って、いっぱいぶつかって、いっぱい傷ついてほしい。誰も慰めてくれないけど(笑)でも、あれだけ真正面からぶつかれる環境って、高校卒業するとなかなか無くなる。大学生以降は大人の付き合いになっちゃうから、表面的な付き合いになりがちなんだよね。傷ついて、泣きわめくことができるのは、静高の特権なんだから。何やっても許される学校は、静岡にはあそこしかないと思う。

そして、中学生には、無謀でも一度は静高を目指してほしい。努力して勝ち取るだけの価値はある学校だ。先生にゴマすってもあの学校には行けないよ。ただ、そういうのがうまくなくても、ちゃんと実力つけて正面からぶつかれば受け止めてくれる学校ではある。不良やってるヤツでも、入れ墨入れてるヤツでも、ちゃんと実力さえつければ大丈夫な学校。優等生が集まりやすい環境ではあるけど、決して優等生だけを求めているわけじゃない。あそこには、面白いヤツが必要なんだよ。俺みたいにね(笑)

就活終わったら、夏休みあたりでも、みんな連れて行こうかな。水泳の補講の指導でもしてやるよ。


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