あの夏を忘れない

Hello, Everybody JUMP!!
鬼は外、デビルはウチ。

どうも、Davyです。
昨日は、最高だった!HOTEIさんの50歳誕生日コンサート@さいたまスーパーアリーナ。

ライブは最高だった!もちろん!いつも通り、泣いたし叫んだし、声潰したわ(笑)
でも、なんといってもこの会場には、かなり思い入れがある。
この会場でのライブに参加したのは初めて。この会場でのライブには、どのアーティストのものにも来たことがない。

4年前の夏・・・。
俺は久しぶりに、さいたま新都心に来た。初めて来たのは高2の春だから、これで2回目だったか。
近年ほどではないが、それなりに暑い夏だった。高校3年生の夏休み。確か、静高が高校野球の決勝戦に敗れてすぐのことだったよな。

今から振り返れば、最後の賭けに出るための大事な1週間だった。その前の週には東進の英語合宿に行っていたから、実家には2日いただけで、また旅に出たんだ。
大宮の代ゼミに行くために、さいたま新都心のある与野にホテルをとっての生活。5日間にわたる自主合宿。実は、この費用も、半額は自分の貯金を切り崩してきたのだった。
なんでそこまでしたんだろう?きっと欲しいものがあるんじゃないかって勘だな。
夏期講習を受けたのだが、政経だけを1日90分×3コマ。まさに政経漬けの日々だった。

確かに、当初から政経は得意だった。でも、クラスですら1位をとることはできなかった。良くて10番以内といったところか。なんとなく悶々としていた。
小学校の時は神童と呼ばれ、鳴り物入りで中学に入り、苦しみながらも度々学校トップをとって卒業し、地元のトップ高にも高倍率をくぐり抜け前期試験で入った。これからもエリート街道を進むことを疑わなかった。
だが、現実は甘くない。高校に入ると、全科目不振に次ぐ不振。クラストップをとれたのは、漢字テストくらい。偏差値は下がり続け、ついにビリをとるまでになってしまった。
2年から始まった地理では少し巻き返したものの、やっぱりトップは取れない。どうしても取れない。それに加え、会長騒動で失脚。実は、受験上の戦略よりも、失脚の方がトリガーになっていたのかもしれない。
「政治を知らないヤツだとは、言わせたくねえ・・・」
だから、予備校で2月から政経に取り組んだ。必死でやった。でも、ダメなんだよ。上位ではあるが、決定打とはならない。

そんな思いを解消すべく、俺はバッグ1つで大宮にやってきたんだ。

結論から言えば、大宮前と大宮後では、雲泥の差が出た。クラストップ、学校内トップは譲らないばかりか、県内トップすら固定化するようになった。全国順位でも2ケタ順位の上の方をとるようになった。
もちろん、夏期講習だけじゃない。東進の講座は年間分をもう1周したし、テレビやラジオの情報も何回も視聴し、関連書籍も読み漁り、就活用の時事問題もやり、日本史や世界史の現代史部分をやり、地理とのレバレッジを効かせて・・・全ての相乗効果だったことは言うまでもないが。

早稲田には落ちたけど、この政経の満点安定化のおかげで、最少努力で明治と中央の合格を勝ち取ることができた。数学や理科は捨て、英語や国語は日東駒専でも受からないレベルでありつつも、なんとかMARCHまで上げることができた。それで、今の俺があるし、偉そうに小説まで書けるようになった。

そんな思い出の地が、大宮であり、さいたま新都心であったのだ。あの夏、予備校は夕方から始まるから、昼間はヒマでね。ホテルで勉強するのも面白くないから、さいたま新都心まで出て観光したものだ。大学に入ったら、この地に住もうと思って色々調べたな。

そんなことを考えながら、ライブ会場であるさいたまスーパーアリーナに着いた時、泣きそうだった。あれ以来、ここには来ていなかったから。車窓から見ることはあっても、実際に降りたのは久しぶりだ。あの頃の思い出が蘇ってきた。

涙腺が決壊したのは、ライブが始まって何曲目か、「BEAT EMOTION」を歌った時だ。

会長時代、自分で蒔いた種とはいえ、かなり苦しかった。またいつ脅迫状が届くかわからない、いつ殴られるかわからない、予断を許さない状況の中、持病である胃炎の悪化も手伝って、毎日が辛かった。毎晩、部屋を暗くして、この曲を聴いていた。当時の自分と重ね合わせながら。

いくら自信に満ちた笑顔つくっても
鏡は容赦なく現実(リアル)を映し出す
切れないナイフ胸に当て流す涙
失った遠い過去へ送るレクイエム?
あぁ…さまよう俺の魂 何処へ翔んでゆく

切れないナイフの代わりに、ロープ代わりのビニールひもがあったな・・・。「なんでわかってくれねえんだよ!」って、心の中でいつも泣いてた。

全てが思い通り手に入れられると
いつも信じていた 自分を愛した
見えないロープ怯えずに渡るラバーソール
あの頃を思いだし歌うレクイエム?
あぁ…さまよう俺の魂 誰が救い出す
BEAT EMOTION BEAT EMOTION
BEAT EMOTION BEAT EMOTION

昔は全てうまくいってた。いつの日からこんなになっちゃったんだろう?って。でも、売られたケンカを買わないことなんて、できなかったよな?どうなんだよ?

まずまずの人生をこのまま送るか?
二度とない人生を求め続けるか?
いつになくシリアスな夜に思う
今までは未来(これから)の為のプロローグ?
あぁ…さまよう俺の魂すり切れて笑う

「今まではこれからのためのプロローグ」って言葉、本当に好きだな。プロローグなしでいきなり本編が始まるなんて、そんな人生、味気ない。魂が擦り切れれば擦り切れるほど、なぜか笑えてくる日々だった。

曲中、俺も歌いながら、ずっとそんなことを考えていた。本当に涙が止まらなかった。
あの時の悔し涙?それもある。
あの境遇が辛く悲しかった?間違いじゃない。
でも、それだけじゃない。
今が、とてつもなく嬉しいんだ。修羅場を乗り越えたから、今、あの瞬間に手に入れたかった自由を手に入れることができたんだ!
それも、いきなりこの地に着いたわけじゃない。そんな薄っぺらいもんじゃない。
傷付き、涙した夜があるからこそ、今、深い味わいを持った人生を生きることができている。
そう思ったら、無性に嬉しくなって。「デッカくなって、帰ってきたぞ!」って叫ぶようにして歌った。

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そんな感じで過ごしまして。家に着いたのが23時。
そこから風呂に入り、履歴書を書いて、今日は朝フルでバイトに入り、そこから午前・午後と2社説明会。
明日は?大丈夫!3社ある!!
しかも、1社は既に選考段階。まぁ、あの会社はレベルが高い戦いだから、MARCHの中でも三流の俺はここまでだと思いますが(笑)

確かに、毎日就活だよ。毎日スーツ着て、都内各所を駆け回っている。1日2社3社は当たり前。書かなきゃならんESも今の地点だけで、あと22社分ある(笑)
平日は毎日会社訪問は当たり前。土日だって、たまには入ってくる。昼間は外回り、夜はESに履歴書に。しかも、俺は毎朝、6時起きでバイトに行かなきゃならん。ただでさえ早上がりで給料は減ってるのに、就活で支出が増えるなんて・・・。勘弁してほしいよ。赤字財政、火の車だ。浪費してるわけもないのに。
でも、就活生のようで、就活生じゃない。就活生なんて、何の魅力もない。
言ったはずだ。大学生は副業だって。俺の職業は、アーティストであり、ノンフィクション作家なんだ。
だから、今までの生活を崩す気はないよ。ライブだって好きなだけ行くし、街歩きだってたまにはやる。ショッピングだって行くし、もちろんPodcastだってやめるつもりはない。
もちろん、毎朝ホームに立ち続ける。できる限り。

そうじゃないと、俺が俺でなくなるような気がするんだ。企業の人には、こんな俺のありのままの姿を好きになって欲しいんだ。
優秀な人間じゃない。計算だってロクにできないし、知識だってそんなにない。頭の回転だって、悪い方に分類されるだろう。
でも、これだけは誇れる。そこらへんの就活生より、よっぽど面白い人生を送ってる。よっぽど魅力のある生き様だと思っている。
もし、こんな俺を面白がってくれる人がいたら、俺はその会社で精一杯貢献していきたい。

会社はピラミッド組織ではない。お父さん鳥が餌を採ってきてくれて、お母さん鳥が巣を守ってくれるのとは違う。
会社とは、バーベキューだ。参加者がそれぞれ食材なり網なり持ち込んで、それを合わせてバラエティーに富んだバーベキューになり、皆でそれを楽しむ。それぞれが、それぞれのものを持ち寄ってるから、権利は平等だ。誰にも臆することなく、楽しく食べればよい。
バーベキューのように、それぞれが才能なりアイディアなり資金なりを持ち込む。そして、それぞれが自分の役割を全うする。そのことで組織に貢献し、分け前をもらう。それぞれが自分の役割に誇りを持ち、違う役割を担っている人を互いにリスペクトする。だから、上も下もないはずなんだ。
俺も、気の合う人と、楽しくバーベキューがしたい。だから、必死になって、自分のストックの中から持ち込む材料を探しているんだ。

大丈夫。苦しいことはもうたくさん経験した。そこから、ここでは書けないようなことをたくさん学んだ。
真っ直ぐ優等生街道だけを歩いてきた「優秀な」ヤツより、何倍も強いよ。
ゴキブリは、そう簡単には死なねぇんだよ。これからのDavyに期待してほしい。

Buffer

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